しばらくして萌が階段を下りてきた。薄いピンクのシャツにアイボリーのサスペンダースカートを着ている。両手にはたくさんのアルバムを抱えていた。

「お待たせしました……」

「あの……、萌ちゃん?」

「はい、分かってます……」

 萌の表情が、悲しそうなものになった。

「ご紹介します。ハンドルネーム、『夢空職人』さんです」

「え?」

 萌が額に入った写真を持ってきた。そこには彼女のお姉さんとおぼしき女性の写真が収まっている。ただ……、

「亡くなった……?」

 萌は申し訳なさそうにうつむいていた。

「複雑そうな事情ね。よかったら説明してもらえるかな?」

 事態をつかめないでいると、佳織が優しく萌に話しかけた。相手を責めることなく、やんわりと理由を聞いてくれる佳織はこんなときの突破口でもある。

「本当の夢空職人さんは、私の亡くなったお姉ちゃんです……。でも、あのサイトに関わるときだけ、今は私がその後を継いでいるんです。もともと私のハンドルで出ることはなくて……」

 萌は少しずつ話し始めた。

 悲しい物語だった。もともと萌は五人姉妹の四女で、一番上の優子(ゆうこ)お姉さんと一番仲がよかったという。

 しかし複雑な家庭の事情で、その彼女は親戚などからも冷遇されていたという。同時に優子に一番懐いていた萌にも被害はあったそうだ。

 ある時カメラをもらい、妹たちの写真を撮ったところから、彼女の写真を撮ることが始まったという。当時高校生だった優子は、萌を連れてあちこちに写真を撮りに出た。

 当時優子もまだ高校生。車を運転するわけにも行かないので、電車やバスを使っての旅行だったという。そして、その頃から作品の一部を雑誌などに投稿していたというわけだ。

 姉妹の母親代わりでもあった優子を病で亡くしたのは4年前。父親は仕事柄海外赴任。今は姉妹四人での生活を続けているという。

「それじゃ、萌ちゃんはもう4年も? それで最近は投稿しなくなった訳ね?」

「はい……。そんな腕はないし、まさか私が投稿するわけにも行かなくて……」

 さすがに、姉が亡くなってからは雑誌への投稿はやめ、亡くなる直前に立ち上げたホームページを更新するだけにとどめていたという。

「本当は閉鎖しようとも考えたんです。でも、いろんな方から続けて欲しいと言われていて……。まさかお姉ちゃんが亡くなったとも言えなくて……。理由になっていないかもしれないですけど……」

「じゃぁ、去年とかの写真は、あれは萌ちゃんが撮ったの?」

「はい……。学校のお休みとか、部活の旅行に行くときに撮ってきます」

 感心したように佳織はうなずいた。

「あれだけ上手なのを中学生が撮ってるとは思わなかったなぁ。ジュニアの部なら、絶対に賞とれるよ!」

 三人とも、彼女の行動を責めようと思う気持ちにはならなかった。姉の意志を継いで活動を細々とはいえ続けていることは逆に感心すべきことでもある。

「じゃぁ、萌ちゃんもあちこち見て回っているのなら、萌ちゃんに直接聞いても構わないよね?」

 ことの内容が分かったことで、佳織は続けた。

「茜音さんの橋のことですね。私もどこかはよく分かりません。候補はたくさんあると思います」

「うん、わたしもそう思う。逆に候補が多すぎるんだよぉ。それにたぶん超マイナーどころのような気がするし……」

 ようやく自分の話題に移ってきたので、茜音は佳織から話を受け継いだ。

「そうですね……。でも、なんとか見つけたいですよね。橋と聞いていたので、お姉ちゃんと私の写真からいろいろ集めてみたんです。まだ行っていない路線もたくさんあるんで、はっきりとは言い切れないんですけど……」

 茜音はテーブルの上に広げられた写真に目を通した。明らかに違うと思うのもあれば、確かめてみたくなるような場所もある。

「うー、やっぱりこれだけあると、当たれるだけ当たってみるしかないのかなぁ……」

 茜音が顔をしかめる。

 萌は茜音が選んだ中から1枚の写真を抜き取って言った。

「この橋の写真は愛知県の奥の方で、周りは同じような景色が続いてるんです。今度、その近くに用事がありますが、行ってみますか?」

 突然の話に顔を見合わせる三人。

「前は茜音に単独行動されちゃったから、今度こそ行きますか」

「うん」

 菜都実の一言が次の行き先を決めてしまったので、三人は急いで準備に取りかかることになった。