【茜音・高校2年・夏・天竜川編】
「ねぇ佳織……。『夢空職人さん』って聞いたことある?」
「ん?」
ウィンディでのバイトの時間。テーブルの後かたづけをしながら片岡茜音はカウンターの中にいる友人の近藤佳織に話しかけた。
ここは二人のクラスメイトで遊び仲間の上村菜都実の父親が開いているカフェ喫茶。
横須賀の海岸線沿いにあるこの店は、休みともなると朝晩問わず人が集まってくる。
オーナーである菜都実の父親も、娘の友達二人が仕事を覚えてくれたのが分かると、自分の所有しているクルーザーを出してしまうという始末。
夏休みで人が増えるといえども、特に忙しい時間帯でもなければ、三人で何とか回せる。お客さんから聞いた話によると、彼女たち三人が給仕をしてくれるこの店は、仲間内で密かな評判を生んでいるとのことだった……。
店内のテーブルや椅子を片づけて茜音が調理場に戻ってくる。白いフリルの付いた可愛らしいエプロンは茜音が自前で用意した物で、それも自分で作ったという。
そのエプロンから茜音はスマートフォンを取り出した。
「あのね、千夏ちゃんが教えてくれたんだぁ」
彼女は佳織にメール画面を見せた。
メールの送り主は河名千夏といい、高知県の小さな町に住む高校生だ。
夏休みに入ってすぐ、茜音は一人で彼女の元へ飛んだ。二人は一緒になって茜音の思い出の場所である橋の場所を探し出そうとした。
結果的には空振りに終わったのだけど、その時に茜音が千夏の恋を応援して成就させたことをきっかけにして、二人は非常に仲がよくなり、メールや電話での連絡も頻繁に続いている。
「あー、あのサイトかぁ……」
メールを読み終えた佳織は思い出したように言った。
千夏からのメールには、偶然インターネットで風景写真のサイトを見つけたこと。その写真が茜音の探している風景に近いこと。その作者に聞けば何らかの情報が得られるのではないかと言うことが書かれていた。
「知ってんの?」
菜都実が尋ねる。茜音の思い出の地を探すためにSNSへ登録している彼女たちでも、そのハンドルネームには聞き覚えがない。
「うん、風景写真じゃ結構有名どころ。昔はよく雑誌とかにも掲載されていたはずなんだ」
佳織は一時期写真を撮ることに熱中した時代があったという。そのころの雑誌にあった名前だというのだ。
「へぇ。そんな人がいるんだ」
「うん。でもねぇ……」
佳織が呟きながらテーブルに置いてあったタブレットを手にする。しばらくしてホームページが表示された画面を見せてくれた。
「ここ。んー、やっぱり今年もまだ更新されてないか……」
「どれどれ?」
他の二人も画面をのぞき込む。
「これ、確かに凄いねぇ。でも、更新は1年前だよ?」
そのサイトには、街中から山奥、海岸などの風景写真がたくさん掲載されている。
写真には大抵場所と撮影日が書いてあり、この写真の撮影者が全国をあちこち歩き回っていることがよく分かる。興味深いのは渓谷などの写真に鉄橋などが写っている物が多いことだった。
当然すべての写真を掲載しているわけではないだろう。でも話を聞いてみるには十分すぎる雰囲気だ。
しかし、茜音が指摘したように、このサイトの更新日は昨年の日付になっている。
「そうなの。このサイトさぁ、普通年に1回。多くても2回の更新しかしないんだよね。たぶん、毎年のペースだともうそろそろ更新になるはずなんだけど……」
ウェブサイトの更新として、年に1回と言うのは確かに少ない方だ。しかし、これだけの写真を掲載する作業は大変な物かもしれない。
「あとねぇ、最近この人を生で見たことがないって言うんだよね。女の人なのは確からしいんだけど。私も会ったことないよもちろん」
「へぇ、女の人なんだぁ」
これだけ奥地に入って撮影を行う人物像として、それなりに体力のある年上の男性を想像してしまう。
「女の人ならまだ話を聞いてくれるかもしれないよ。ちょっと連絡してみたいなぁ……」
「とりあえず、サイトに行ったわけだから、挨拶だけしてみよう。いきなりあの話を持ち出すわけには行かないでしょ?」
とりあえず、三人は連名でそのサイトの管理者にメールを書くことにした。サイトの感想や、少し話を聞きたいという内容で。
「これで返事が来たら教えるよ」
「分かった」
もうすぐランチタイムになり、またお客さんの数が急に増えてくる。
夕方、菜都実の父親が帰ってきた頃には三人とも疲れて、送信したメールのことも忘れてしまっていた。
「ねぇ佳織……。『夢空職人さん』って聞いたことある?」
「ん?」
ウィンディでのバイトの時間。テーブルの後かたづけをしながら片岡茜音はカウンターの中にいる友人の近藤佳織に話しかけた。
ここは二人のクラスメイトで遊び仲間の上村菜都実の父親が開いているカフェ喫茶。
横須賀の海岸線沿いにあるこの店は、休みともなると朝晩問わず人が集まってくる。
オーナーである菜都実の父親も、娘の友達二人が仕事を覚えてくれたのが分かると、自分の所有しているクルーザーを出してしまうという始末。
夏休みで人が増えるといえども、特に忙しい時間帯でもなければ、三人で何とか回せる。お客さんから聞いた話によると、彼女たち三人が給仕をしてくれるこの店は、仲間内で密かな評判を生んでいるとのことだった……。
店内のテーブルや椅子を片づけて茜音が調理場に戻ってくる。白いフリルの付いた可愛らしいエプロンは茜音が自前で用意した物で、それも自分で作ったという。
そのエプロンから茜音はスマートフォンを取り出した。
「あのね、千夏ちゃんが教えてくれたんだぁ」
彼女は佳織にメール画面を見せた。
メールの送り主は河名千夏といい、高知県の小さな町に住む高校生だ。
夏休みに入ってすぐ、茜音は一人で彼女の元へ飛んだ。二人は一緒になって茜音の思い出の場所である橋の場所を探し出そうとした。
結果的には空振りに終わったのだけど、その時に茜音が千夏の恋を応援して成就させたことをきっかけにして、二人は非常に仲がよくなり、メールや電話での連絡も頻繁に続いている。
「あー、あのサイトかぁ……」
メールを読み終えた佳織は思い出したように言った。
千夏からのメールには、偶然インターネットで風景写真のサイトを見つけたこと。その写真が茜音の探している風景に近いこと。その作者に聞けば何らかの情報が得られるのではないかと言うことが書かれていた。
「知ってんの?」
菜都実が尋ねる。茜音の思い出の地を探すためにSNSへ登録している彼女たちでも、そのハンドルネームには聞き覚えがない。
「うん、風景写真じゃ結構有名どころ。昔はよく雑誌とかにも掲載されていたはずなんだ」
佳織は一時期写真を撮ることに熱中した時代があったという。そのころの雑誌にあった名前だというのだ。
「へぇ。そんな人がいるんだ」
「うん。でもねぇ……」
佳織が呟きながらテーブルに置いてあったタブレットを手にする。しばらくしてホームページが表示された画面を見せてくれた。
「ここ。んー、やっぱり今年もまだ更新されてないか……」
「どれどれ?」
他の二人も画面をのぞき込む。
「これ、確かに凄いねぇ。でも、更新は1年前だよ?」
そのサイトには、街中から山奥、海岸などの風景写真がたくさん掲載されている。
写真には大抵場所と撮影日が書いてあり、この写真の撮影者が全国をあちこち歩き回っていることがよく分かる。興味深いのは渓谷などの写真に鉄橋などが写っている物が多いことだった。
当然すべての写真を掲載しているわけではないだろう。でも話を聞いてみるには十分すぎる雰囲気だ。
しかし、茜音が指摘したように、このサイトの更新日は昨年の日付になっている。
「そうなの。このサイトさぁ、普通年に1回。多くても2回の更新しかしないんだよね。たぶん、毎年のペースだともうそろそろ更新になるはずなんだけど……」
ウェブサイトの更新として、年に1回と言うのは確かに少ない方だ。しかし、これだけの写真を掲載する作業は大変な物かもしれない。
「あとねぇ、最近この人を生で見たことがないって言うんだよね。女の人なのは確からしいんだけど。私も会ったことないよもちろん」
「へぇ、女の人なんだぁ」
これだけ奥地に入って撮影を行う人物像として、それなりに体力のある年上の男性を想像してしまう。
「女の人ならまだ話を聞いてくれるかもしれないよ。ちょっと連絡してみたいなぁ……」
「とりあえず、サイトに行ったわけだから、挨拶だけしてみよう。いきなりあの話を持ち出すわけには行かないでしょ?」
とりあえず、三人は連名でそのサイトの管理者にメールを書くことにした。サイトの感想や、少し話を聞きたいという内容で。
「これで返事が来たら教えるよ」
「分かった」
もうすぐランチタイムになり、またお客さんの数が急に増えてくる。
夕方、菜都実の父親が帰ってきた頃には三人とも疲れて、送信したメールのことも忘れてしまっていた。