先日、二人は園長先生に呼ばれ、そこで聞かされた話は双方にとって寝耳に水だった。

「なんで、なくなっちゃうの??」

 詳しいことは幼い二人には理解できなかったけれど、このときわ園が閉鎖されてしまうことが決まってしまったという。

「それと……、君たち二人なんだが……。残念ながらそれぞれ別の行き先になってしまったよ」

「えぇ〜〜??」

「そんな……」

 ここがなくなることは、彼らの家も無くなってしまうことと同意。それ以上に自分たちが離されてしまう衝撃の方が大きかった。

 他の子たちも同様で、みな同じ施設に移れるわけではない。

 ただ、茜音と健についてだけは、その事情も配慮した先生達が受け入れ先を同じにするようにお願いしてあったのだけれど、先方の事情などでそれは叶えることが出来なかった。

 あまりのショックに、二人はその日の夕食に手を着けることが出来なかった。

「茜音ちゃん……」

「先生?」

 日が落ちたあと、他の面々が宿題をやっている時間になっても、茜音は一人庭のブランコに座っていた。

「茜音ちゃん。健君とのことは本当にごめん。みんなでなんとか二人一緒に行けるところを探し回ったんだよ。だから、二人を預かってくれる先生達には、僕から直接お願いをしたんだ」

「え?」

「茜音ちゃんと健君が会いたいと思ったら、会わせてあげて欲しいって。そして、もし二人が一緒にいられるようになったら、施設を移してあげるようにとね」

「じゃぁ、もう会えないんじゃないの?」

「茜音ちゃんがもう少し大きくなったら、一人でも会いに行けるようになるよ」

 先生は茜音の頭を撫でた。

 これだけの言葉で、茜音が全てを理解できたかどうかは分からない。

 しかし、先生が自分たち以上に心を痛めていることを幼い心に感じていた。

 自分を病院から連れだし、新しい生活を教えてくれた恩人を、これ以上困らせるわけには行かない。

「分かった。わたし、健ちゃんに話してみる」

 そのあと茜音は彼の所に行き、聞いた話をした。

 そしてついに、健も別の施設に行くことを納得してくれた。

 その一件の後、ときわ園の先生たちは二人に特別な時間をくれた。

 毎日の就寝時間は決まっているが、一般的な小学2年生の就寝時間には少し早い。これを中学や高校のお兄さん、お姉さん達と同じにしてもいいと言ってくれた。兄妹のように育ってきた二人を離ればなれにしてしまうことへのお詫びと、問題児だった健をここまで成長させてくれた茜音へのささやかなお礼だった。



「ちゃん。ごめんね……」

 いつも繰り返される茜音の言葉。彼女は後悔していた。自分の行動が二人を離ればなれにしてしまうことを決定づけてしまったと……。そして、健にそれを飲ませてしまったことを……。

「茜音ちゃん、いいよ。新しいところに行っても、ずっと友達だからね」

「うん……」

 二人が別れる日が近づくに連れ、茜音の表情はどんどん冴えなくなっていった。

 もともと茜音はあまり体は丈夫でなかった。喘息をこじらせかけたこともあったくらいだ。

 初めて会ったときのような寂しそうな茜音の顔を見ていると、健はなにか茜音にしてあげられることがないかと常に考えるようになった。

「ねぇ、茜音ちゃん」

 健は数日前、あるアイディアを思いつき茜音にそっと打ち明けた。

「えぇ?!」

「ダメだよ。声が大きいよ」

 慌てて茜音の口をふさぐ。

「だって……、家出なんかしちゃダメだよ……」

「じゃぁ茜音ちゃんはこのままでいいの?」

「う……」

 困り果てる茜音。せっかくこの時間まで起きていられるのだ。これを使わない手はないと健は考えたらしい。

 みんなが寝静まるのを待ってから、茜音を連れて、どこか遠いところに行ってしまおうと言いだした。もう少し大人の世界になって俗っぽく言ってしまえば「駆け落ち」だ。

「きっと怒られるよ?」

「分かってる。でも茜音ちゃんとこのまま別れちゃうのはイヤだ」

「健ちゃん……」

 もちろん茜音もこのまま彼と別れてしまうのは嫌で仕方ない。

 しばらく考え込んだ後、茜音は彼の手をぎゅっと握った。

「茜音ちゃん?」

「怒られるときはわたしも一緒に怒られる。だから一緒に行こ?」

 このことが、後に二人の運命を大きく変えていくことになるとは、このときの二人にも予想できなかった……。