事情を知らない周囲は、そんな二人のことをはやし立てた。
仕方なく、和樹は何度か腕のことを持ち出そうかと思った。そのたびに千夏は笑って首を横に振った。
千夏も和樹の腕のことはずっと後になるまで彼女の両親にすら言わなかった。
しかし和樹は、散々からかわれた後ひとり残された現場で悔しそうにしている千夏を見てしまった。
大切な千夏を守れない無力感だけが彼を襲っていた。
「ごめんな。千夏……」
「いいんだよ。あの騒ぎから私、男の子に声をかけられることもなくなったし……」
いつの間にか和樹と千夏は部活で風紀を乱したため退部という噂が流れ、男子ばかりか女子も声をかけなくなっていった。
それでも千夏は和樹が決めた男性のプライドを守り抜いた。
「千夏には2回も助けてもらったんだな」
「ううん、和樹には数え切れないくらい助けてもらったから……。よく川に落ちたし……」
「そうだったな。いつも『飛び込んだ』とか言ってたけどさ」
沈下橋から落ちたこと。でも、それは千夏の虚勢だということも分かっていたから、すぐに服を着たままでうまく泳げない彼女の近くに飛び込んだっけ。
「和樹が言ったんだよ。スカートになればもっと女っぽくなれるかなって。だから……」
「え? やっぱりあれからだったのか?」
「うん……」
頬を赤く染める千夏。
「和樹知らないかもしれないけど、いろいろ言われた……。いじめられたりしたよ。でも香澄がいてくれたし……」
「うん……」
「和樹が似合ってるって言ってくれたから……。和樹が好きな服を着てれば、きっと守ってくれるって思ったから……」
耳まで真っ赤に染めて、最後はつぶやくようになってしまった千夏の肩を、和樹はそっと抱き寄せた。
「なぁ千夏……?」
「ん?」
「これからも、俺が千夏のこと守ってやる……。いや、違うな……。もう千夏に辛い思いをさせたくない」
千夏は和樹の顔をじっと見つめた。見開いた大きな目から光る滴が頬に流れた。
「俺じゃ嫌……、か?」
「ううん!」
大きく首を横に振る。
「私……、和樹とお兄ちゃんしか男の人知らないから……」
すすり上げる千夏をぎゅっと抱き寄せる。
「和樹……。知ってると思うけど、弱虫だよ。一人じゃなにも出来ないよ……。そんなんでいいの?」
「そんな千夏だから放っておけないんだよ。もう千夏を泣かせたりしない」
「ありがと……。もう泣かない……」
「千夏……」
ささやくような声で、胸元で泣いている彼女の名前を呼ぶ。
「俺、千夏のこと、ずっと好きだった。だから誰にも渡したくなかったんだ。それなのに、ずっと言えなくてごめん」
「どこにも行けないよ。私……。和樹のこと好きだったから……」
赤くなってしまった目をこすり、恥ずかしそうに笑う。いつも子供っぽいとしか見ていなかった顔が、本当に可愛く見えた。
「腕が悪くなったら、千夏に迷惑かけるかもしれないぞ?」
「うん。それでもいい……」
柔らかい手が、そっと腕をなでる。迷惑をかけていたのは自分の方だから。
「ねぇ、誰にも取られないうちに、もらって……?」
千夏は隣で自分が映っている和樹の瞳に頷くと、そっと瞼を閉じた。