岬の灯台から15分ほど歩き、遊歩道の階段を下りきったところに、小さな海岸がある。

 もう少し先に進めば砂浜もあるけれど、ここは岩場との中間で、砂利がうち寄せられている海岸。周りに人はおらず、二人は少し奥まったところにある岩に腰を下ろしていた。

「ここ、一緒に来たよね……」

「そうだな……」

「中学の時だったよね? バスの時間があったから全然景色も見なかったけど……」

「だって。景色を見に来たわけじゃなかったもん。あの時は……」

 中学3年の夏。二人だけでここを訪れていたことを思い出す。

 夏休みに入り、和樹の所属していた中学校は野球の最後の県大会で負けてしまい、3年生が部活を引退していたころの話だ。

「あのとき、まさか千夏が誘ってくれるとは思わなかったなぁ……」

「だって和樹、全然元気なくて、私がなに言っても相手にしてくれなかったんだもん……。無視されたって正直傷ついてたんだよ?」

 当時のことを思い出したのか、少し拗ねた声を出す。

「そっか。ごめんな……。でも、千夏が誘ってくれて、親に黙って始発の電車とバス乗り継いでさ、海を見せてくれたんだよな……。帰って怒られたけど」

「うん。でも、あれから和樹元気になってくれたよね。誰にも話したこと無いんだ。あの日のこと」

 千夏は笑った。二人きりで和樹を誘ってここまで来たのはいいのだが、帰りも相当な時間がかかる。

 地元に帰ったのはすっかり暗くなってからのことで、二人はこっぴどく怒られたのだが、千夏はその後も和樹のそばにいてくれた。

 なによりも和樹が驚いたのは、あの千夏が「どうして騒ぎを起こしたのか」と問いつめる兄の雅春に最後まで理由は話さなかったことだ。

「千夏、ごめんな……。もう、俺野球なんて出来ないの分かってるのに、そっちにばかり気を取られて……」

「ううん、いいんだ……。誰にも言ってないんでしょ?」

「知ってるのは親と監督と千夏だけだよ」

「うん、体をこわしちゃったらおしまいだもん。手遅れになる前でよかった……」

 あの頃を思い出すように、千夏は和樹の右肘をなでた。

 春の予選大会で、試合後に腕の痛みを訴えた和樹は、当時マネージャーだった千夏と監督と一緒に病院に向かった。

 そこでの診断結果は、和樹にとってショックなものだった。これ以上続けていれば、骨折や故障が頻発し、状況によっては右腕を使えなくなることも予想されると……。

 いわゆる蓄積疲労だ。学生時代という限られた時間の中では、それを回復させるにはもう時間がないということも宣告された。

 悩んだあげく、和樹はその数日後に野球選手への道を断念した。それまで一生懸命に打ち込んだ物がなくなり、和樹は落ち込んでいた。

 突然の彼の退部は周囲も驚いた。

 腕のことを言えば、きっと同情してくれるかもしれない。でも彼はそれを最後まで漏らすことはしなかった。

 最終的に自分で決めた道を、言葉だけで同情されてほしくなかったし、それで腕が治るわけでもない。

 千夏も、そんな幼なじみを見ているのが辛くなり、後を追うように部活を辞めた。