千夏たちの住む高知県には2つの有名な岬がある。

 東側には室戸(むろと)岬、西側には足摺(あしずり)岬。どちらも観光地としては有名だけど、空路で高知入りをする場合、移動距離などの関係で、室戸岬に行く観光客が多いらしい。

 昨夜も、茜音と雅春はどちらにするかの意見を交わし、時間的に余裕が持て、また静かな方をと考えて、足摺岬へと車を進めていた。

 夏休みという時期柄、それなりの混雑も覚悟していたのにも関わらず、近くには砂浜の海岸も少ないためか、岬に近づくとかえって車の数は減っていた。

 この岬は、太平洋の黒潮が初めて日本に当たる場所でもある。温暖な気候で、亜熱帯の植物なども育っている。

 昨日のうちに、橋探しの結果が出てしまったため、本来なら千夏の家の近くで川遊びでもしようということになっていたのを、昨日の帰りの道中で予定を変更することになった。

 その代わり、昼に使うはずだった食材を夕食に回すという条件になったので、早い時間に帰らなくてはならなくなってしまったけれど、このペースなら問題ない。

 四国巡礼の拠点もあるだけに、海沿いの細い道にはお遍路(へんろ)さんと呼ばれる巡礼者の姿も見られる。そんな細い道を走り続け、ようやく駐車場にたどり着いた。

 ここからの海の景色がきれいだと聞いていたので、胸を躍らせて車から降りる。

 まず展望台に上った五人は、思わず息をのんだ。

「すごい……」

 この日は早朝から雲もなく、青い夏空が広がっていた。その下に茜音が今まで見たことのないような、黒潮と呼ばれるに相応しいネイビーブルーの水面が水平線まで続いていたから。

「こんなに真っ青なのは滅多に見られないぞ。タイミング良かったなぁ」

「うん…」

 誰となくうなずいた。茜音の地元も海を見下ろせる場所ではあるが、ここまでの色彩を見ることは出来ない。

「あぅ、カメラ車に置いて来ちゃった!」

 茜音は車のダッシュボードにさっきも使っていたデジタルカメラを置いてきたのを思い出した。

「仕方ないなぁ……。じゃ車まで戻ろうか」

「んじゃあたしもトイレ行って来よう」

 雅春と香澄がそれぞれ振り向いた。

「ちょっと、みんな行っちゃうのぉ?」

「千夏たちは好きに回ってろよ。2時間したら駐車場に集合な?」

「へ? でもぉ……」

 きょとんとする千夏と和樹を残して、三人は駐車場の方へ戻っていった。



「……どうしよ?」

 思いがけず二人になれたのだけど、何となく気まずくなってしまう。

「うん……。でも、ここに戻ってくるとは限らないから……。千夏、あそこに行かないか?」

「え? ……うん。いいよ」

 少し声のトーンを落とした和樹の言葉に千夏はゆっくりと頷いた。




 駐車場へ戻る道の途中で、茜音はちらっと後ろを振り返る。

「わざとデジカメ忘れてきたでしょ?」

「あうっ……」

 突然香澄に言われ、冷や汗の茜音。

「ま、そんなもんだろうな。俺取りに行ってくるよ」

「あぁ……、バレバレ……?」

 椿のトンネルの途中で、立ち止まる茜音と香澄。さっきの場所から二人の姿は見えない。

「まぁ、きっと千夏は気づいてないだろうねぇ。和樹は時々鋭いときがあるからわかんないけど……」

「逆に気づいてもらった方がいい?」

「そらそーか」

 二人は顔を見合わせて笑った。

 車に戻っていた雅春も戻ってきて、さっきとは違う通路に足を進める。

「そうだよなぁ……。二人だけになるなんて、いつもはできないし……」

 香澄はぼんやりと海を見ていた。

「茜音ちゃん、悪いね……。千夏のこと……」

「いいんです。千夏ちゃんたち、ゆっくり話せる時間もなかったんじゃないかって思って……」


 昨日、それぞれの気持ちを聞いた茜音。今日の行き先を決めるときに、なるべく地元から離れた場所を雅春と相談していた。

 地元ではきっと無意識に素直に話すことも出来ないだろうと思ってのことで、茜音の経験からも、彼が自分に告白してくれたのは普段の場所ではなかったから……。

「茜音はきっと会えるよ……」

「ほぇ?」

「その彼にね。あたしがその彼だったら、絶対に離さないだろうなぁ」

 香澄が茜音の頭に手を置く。

「あたし、千夏と一緒に祈ってるから……」

「うん。もし会えたら、祝ってくださいね?」

「当たり前じゃん! ねぇ、あの二人見に行ってみない?」

「のぞきかよ?」

「なぁに? 妹が他の男に告白されるの見るのがイヤ?」

 香澄に言われてしまっては雅春も返す言葉がない。

 三人は千夏たちが向かったと思われる海岸の方へ急いだ。