翌朝、茜音と雅春は千夏が起きる前に出発の準備を終えた。
「千夏、起きろ! いつまで寝てんだよ」
「えー、今日はゆっくりって言ってたじゃん?」
千夏はベッドの上に起きあがったが、目はまだ寝ぼけたまま。
「昨日、帰ってから出発時間変えるからなって言っただろ?もう二人とも準備できたって連絡あったぞ?」
「へっ!? ちょっとそう言うことは早く言ってよぉ」
千夏が慌てて身支度を整えている間、雅春と茜音は残りの二人を迎えに行った。
家に戻ってくると、千夏が恥ずかしそうに表で待っていた。
「ごめんね……。寝坊しちゃって……」
「いいって。学校じゃねーし」
「千夏とのデート、何回寝坊ですっぽかしと遅刻したっけか?」
「げ、おまえ何でそんなこと知ってんだよ?」
香澄のツッコミにあたふたとなる和樹。
「香澄、言っちゃだめだよ。もう怒ってないんだから」
この三人の会話を聞いているだけでも、三人が普段から親しい付き合いをしていることはわかる。
「和樹、あんまりのんびりしてると、千夏もって行かれちゃうからね?」
「な、なんだよそれ!?」
「だって、茜音ちゃんの話聞いてみなよ? すごいよ?」
「はぅ?」
急に話を振られてあわてる茜音。確かに、昨日の夜にそんな話をしたけれど……。
仕方なく、普段は「難攻不落の茜音」と言われてしまっている現状を話す。
「すっごい。そんな生徒うちの学校にいる?」
「まさか、そんなことになってるとは普通思わねぇよな」
和樹も苦笑する。自分たちの高校にもし茜音が転校してきたら、たちまち男子の注目の的になってしまうことは間違いないだろう。
「茜音ちゃんは意志が強いから、誰にも持って行かれずにすんでるけど……。この千夏じゃぁ……」
「なんだよそれ?」「なによぉ、香澄ぃ?」
お約束とも言うべきか、同時に非難の声を上げる二人。
「ほらほら、そう思うんだったら、ちゃんとはっきりさせときなさいって」
「え?」
車は昨日通った道を途中で折れ、南に下っていた。
川沿いの細い道を通って行き、ところどころで車を止めながら川下へ向かった。
「ところで、今日はどこに行くの?」
朝の騒ぎで、行き先など頭になかった千夏が、ようやく気がついて聞いた。
「本当は、川遊びするつもりだったんだけど、行き先変更した」
「茜音ちゃんはそれ知ってるの?」
「うん。行き先考えたのわたしだから」
「あ、そうなんだ」
千夏はそれ以上聞いては来なかった。
いつの間にか、川幅がかなり広くなっている。それでも、川沿いの雰囲気はそれほど近代化された様子もなく、家もまばらな地帯が続いていた。
「この場所が最後の沈下橋だ。これより下流はもう普通の川と変わらないよ」
もう昨日とは違い、景色を楽しむ余裕ができているので、ゆっくりと先を進めていた雅春が車を止めた。
「この川じゃなかったかぁ…」
全部を見終えたという感じで、茜音は呟いた。
昨日の夜、こっそり部屋を抜け出した茜音は横須賀の二人に電話をかけ、結果を報告していた。
「無駄足になっちゃったね。力になれなくてごめん……」
「ううん。一人でどうしていいか分からなかったんだけど、みんなに会えて、なんかようやく頑張らなくっちゃって思い直したよ」
茜音は首を振って、空を見上げた。真っ青な空にはほとんど雲も見られない。
「よし、お天気も味方してくれたぁ」
「え?」
「あぅ、独り言。さぁ、出発しよ。時間なくなっちゃう!」
まだ茜音がなにを考えているのかはっきり理解できていない千夏を乗せて、車は再び南への進路を取った。