千夏が和樹に強めに当たっているのは、彼女の本心の裏返しだ。

 昨日顔を合わせたばかりの茜音ですらそれに気付くのだから、いつも一緒にいるメンバーだって分かっているはず。

 だからこそ、和樹も千夏になにを言われても離れようとしていない。

「私、和樹のこと好きだよ。でも、あっちは私のことが好きかどうか分からないし……。もし断られるならさっさと振られちゃった方がいいのかも知れないけど、それも怖い。どうしたらいいと思う? 茜音ちゃんはこれまでどうやって頑張ってきたの?」

 千夏は、茜音の話を聞いたときからこれだけは聞こうと思っていたことを口にした。

「わたし? 昨日、これしかないって。わたしも千夏ちゃんと同じ……。あの頃のわたしと健ちゃんには永遠に来ない時間に思えたくらい……。あの頃はただ10年という数字だけが頭の中にあって、その時間が過ぎるのか待っていた。でも、中学になって、高校になって……。その時期が近づいてきたら、今度は怖くなってきた。わたしはずっと忘れたことはなかった。でも、健ちゃんがわたしのことを忘れずにいてくれるなんて、誰も分からないって気付いたの……」

 茜音は寂しそうに千夏に頷いた。

「だから、千夏ちゃんの和樹君への気持ちはよく分かるし、千夏ちゃんにもわたしのこと分かってもらえるかも知れないって思ってたの……」

「茜音ちゃんの思い、届くといいよね。ううん、届くよ。茜音ちゃんこんなに一生懸命なんだもん。半端な気持ちでこんなところまで一人で来ないよ。それに比べたら、私はまだまだ……」

 改めて、茜音がたった一人、地元横須賀から遠く離れた高知の奥地までやって来た事実を千夏は見つめ直す。

 容姿も自分と同じように幼そうで、一見したらこんな一人旅に出るようにはとても見えない。

 生半可な気持ちでこんなことは出来ない。もし同じ立場に立たされたら、自分は茜音と同じ事が出来るのか、千夏には自信がなかった。

「あのね、信じてもらえないかも知れないけど、和樹に会う前と、会った後と、私これまでに2回性格変わったんだ。変わったって言うか、和樹が性格を直してくれたの」
「そうなの?」

 さっき、和樹の話を聞いていたので、千夏が小さい頃にはかなりのおてんばだったことは分かっていたが、その前までは知らない。

「私、小さい頃誰とも遊べなかった。いつもお兄ちゃんとしか遊べなかった。そこに引っ越してきたのが和樹だったんだよ」

 千夏は続けた。

「私がひとりぼっちだったときに、和樹が話しかけてくれて、一緒に遊ぶようになれた。でも、和樹は『泣いてる子は嫌』って言ったの。だから二人の時は我慢して泣かないようにした。和樹に張り合うようにおてんばの振りもした。でも、結局私はお芝居が出来る子じゃなかった。必ずドジしてね……。何度も川に落ちたりして、いつも助けてくれたのが和樹なんだ……」

「うん……」

「そしたら、『もう少し女らしくなればいいのにな』とか『中学になって制服がスカートに替わったら少しは変わるのかな』ってね」

「そうだったんだぁ」

「それから、私スカートとか着るように戻ったんだよ。みんな、和樹と会ってからの私しか知らないから、最初は驚いたよ。でも和樹が『似合ってる』って言ってくれて、それが嬉しくて……。他の人には幼すぎだって言われたりするけど、もともと私も嫌いじゃないし、和樹も気に入ってくれてるから、やめられなくなっちゃった。いつの間にか、人見知り以外の性格も治ってたな」

 恥ずかしそうに微笑む千夏。確かに彼女の地元で、千夏や茜音のような服を入手するのは困難だろう。それを敢えて続けているのには、千夏なりの想いがあったのだと。

「和樹、きっと気づいてるよ。感謝してるんだ……」

 茜音は黙って聞いていた。和樹だけでなく千夏も気持ちの準備はできている。

 あとはタイミングを見つけてあげればいいだけの話だ。

「千夏ちゃん……。和樹君を離したらダメだよ。突然、どうしても離れて暮らさなくちゃならない時が来るかも知れない。その時に、千夏ちゃんが後悔てほしくない。気持ちだけは伝えておく方がいいよ。わたしだって、健ちゃんに好きだって言われて、それが今でも残ってるんだから。だから今回ダメでも次頑張れるんだ」

 最後に、茜音は笑った。

「茜音ちゃん……」

 こんなに強くて優しい笑顔を持っている同級生は、千夏のそばにはいなかった。

「茜音ちゃん、横須賀に帰っても連絡ちょうだいね。茜音ちゃんになら何でも話せそう……」

「もちろん。わたしもすてきなお友達が出来てよかった」

 二人は立ち上がって砂を払い落とし、車の方へ歩き出した。