次に車を止めたところで、車を降りた茜音に急に身震いが走った。
「似てるかも……」
そこは町境の山の中で、近くにあるのは清掃工場があるくらい。道も狭く、普通であれば早く通り過ぎてしまいたくなるような地域にその場所はあった。
一段と谷が深くなっており、見上げると大きな鉄橋が川と道路をまたいでいる。
「茜音ちゃん?」
千夏が茜音の異変に気が付いた。
「ちょっと、下まで降りていきたいけど、行けるかな……」
「行ってみる?」
その付近は、かなり急な切り込みになっていて、茜音一人で降りるのは不安だ。
「和樹! ちょっと手伝ってあげて!」
千夏が車に向かって叫ぶ。
念のためのロープなどを和樹が持ち、少しでも緩やかな場所を探している。
「千夏は危ないから上にいろ」
「えー? 連れてってくんないの?」
「何かあったときに二人同時は無理だ」
「でもぉ……」
駄々をこねる千夏をなんとかなだめ、二人は坂を下りて行った。
「うー、こんなひどい山だったかなぁ……」
比較的緩やかな場所を選んでいるつもりでも、それなりに危ない場所はある。
「今日の服装は正解だ」
今日の茜音は、スカートの多い茜音にしては珍しいデニムのパンツをはいていた。あの当時、河原で気が付いたら随分とスカートが汚れてしまっていたことを思い出してのことだ。
「うん。千夏ちゃん来たら汚れちゃってたよ」
「あいつ、これまでも何度か危ない目に遭ってるんだ……。それなのに全然反省しねぇもんな」
「え?」
ちょっと強がりで好奇心がありそうな千夏。でもそれは彼女の本心からではない。
道も険しくなってしまったので、それ以上の会話は続かなかった。黙々と急な斜面を降りていくうちに、急に水の音が大きくなった。
「さて、着いたぞ」
出発してから20分ほどで、二人はようやく河原に着いた。上を見上げると道路からかなりの高さを降りてきたことが分かる。
「じゃ、ちょっと待ってて下さい」
これまでと同じように、茜音が周りを見回した。
情景的に言えば、この場所はかなり当てはまるところが多い。
しかし、今降りてきた山道を7歳の自分が降りてこられたかと言うことに一番の疑問が浮かんでいた。それに鉄道の線路はもっと高いところにある。
彼女は河原を歩き回って、これまでと同じように座り込んで上を見上げた。
15分ほどで、休んでいた和樹の元に戻った。
「どうだった?」
「……ごめんね……。凄く似てるんだけど、どこか違う……」
申し訳なさそうにしょげる茜音の背中を、和樹はポンポンとたたいた。
「そんなに気を落とすなって。なんかその気持ち分かるな。景色は似てるんだけど、どっか違うんだよな。この辺りは同じような場所ばっかりさ。また探せばいい」
茜音は、千夏が彼のことを想うのが分かる気がした。
こんな人が幼なじみなら、あの千夏も安心して彼のそばにいたいと思うようになるだろうと。
「和樹さん、優しいですね。千夏ちゃんが羨ましい……」
茜音のつぶやきに彼は笑った。
「君のその彼氏の方が凄いと思うぜ? ガキの頃だったけど、もう茜音ちゃんを連れだしたんだからな。俺もその位しなくちゃならないかも」
和樹は、昨日の茜音の話を聞いてショックを受けたと続けた。
「でもさぁ、千夏の奴、どこまで本気だか分からねぇし」
「和樹さん、千夏ちゃんのことどう思ってるんですか?」
「千夏? 幼なじみだけど、結局あいつが一番俺のこと分かってくれてる。俺が結構無茶やっても、あいつだけは許してくれたからな……」
斜面を登る準備をしながら和樹は笑う。
「さっきさ、千夏が危ない目に遭ってるって言っただろ?」
「はい」
「あいつさ、ドジだから何回も沈下橋から落ちたりしてんだ。溺れそうになったこともある。でも、いっつも俺の後くっついてきてさ。仕方ないから俺が泳ぎ教えたんだよ。おまえには命いくつあっても足りないから教えてやるって」
「千夏ちゃん……」
「あいつ強がりだろ? 困るんだよなぁ。ああいうのが一番。茜音ちゃんみたいな女の子の方が見ていて楽なのにさ」
口では千夏のことをバカにしながらも、ちゃんと彼女をいつも見ている。幼なじみというのはこんな存在なのだと。
「和樹さん、これからも千夏ちゃんのこと、守ってあげてくださいね……」
「あのじゃじゃ馬を見続けろっていうのかい?」
茜音は笑顔で頷く。
「千夏ちゃんが危ない目に遭う前に、守ってあげるのが男の子の役目だと思うよ」
茜音は和樹と再び坂を上りながら、そう言って笑った。