「そうなんですかぁ。それじゃ千夏さんの気持ち分かりますよ。確かにそういう子もたくさんいますから」

 空港から車に乗って、千夏の「都会の子嫌い」話を聞いた茜音は、苦笑いして答えた。

 雅春が驚いたのは、行きの時のように助手席に座るのではなく、千夏が後部座席に茜音と並ぶように乗り込んだこと。

 口には出さなかったけれど、SNSで茜音を知ってから、「この子なら千夏を変えられるかもしれない」という直感が外れていなかったと確信した。

「でも、茜音さんみたいな服装している子って少なくないですか?」

「うーん、そうだねぇ。あまり多くないと言えばそうかも……」

「やっぱり……。いじめられたりしません?」

「そんなことないよぉ。あと、あんまりそういう場所が悪いところには行かないから。それに、わたしはそういう流行にあまり興味ないし……」

 茜音の友達の中には、菜都実のように比較的流行に敏感な周りも多いけれども、茜音は昔からあまり流行りと関係ない服装をしているので、それが逆に目立ってしまうこともある。

 ただ、彼女は別に構わないと思っていた。

「あとねぇ、流行に流されちゃうと、みんな同じになっちゃって面白くないもん」

「そっかぁ。お兄ちゃん、私もそう考えればいいよねぇ?」

「そんなのは千夏の好きにすればいいだろ?」

「うん、でもぉ……」

 呆れたような雅春と、だだをこねるような千夏の会話を聞いているうちに、茜音が吹き出しを堪えられなくなったようだ。

「なぁにぃ? そんなにおかしいかなぁ」

「ううん、ごめんなさいっ……。いいなぁって。わたし一人っ子だから……」

 事故後も病院や施設、片岡家に引き取られてと、物理的に完全な一人きりになることは少なかったけれど、やはり家族を失ったという事実は、彼女の心の中に影を残している。

 ときわ園に入ったときにも、なかなか心を開くことが出来ず、よく寂しくなって泣いていたものだ。

「これで、もう少し女っ気が出ればなぁ? ちっとはもてるだろうに……」

「これで何が不満ないのぉ?」

 茜音だけでなく千夏もどちらかと言えば、最近人気の流行とは服装も体型も違っている。服装は変えられるけど、体型はどうしようもない。これは望む方が無駄な話だ。

 空港から約3時間。三人を乗せた車は、千夏の家のある、山間の集落に到着した。

「なんも無いところだけど……、我慢してね……」

 千夏が少々申し訳なさそうに呟いたけれど、茜音は首を横に振った。

 やはり彼女の家は都会であり、常に人工物に囲まれているし、自動車の音も絶えず聞こえてくる。

 しかし、ここでは三人が乗ってきた車を降りてしまえば、聞こえてくるのは川のせせらぎと、セミや鳥の声だけだ。

「なんか、こういうところだと嫌なことみんな忘れられそう……」

「でも、それはたまに来るからだよ……」

 それは千夏から漏れる本音。人間というのはときどき違う環境に憧れるものだ。都会に住む者は田舎の暮らしに憧れるし、逆もしかりだ。

「そっか……。でも千夏ちゃんはどうなの? ここの暮らしは嫌?」

「うーん。私はどうなんだろう……。大好きって訳でもないけど、今の私には都会暮らしはきっと出来ないよ……」

 生まれてからずっと育ったところに愛着のない者はいないだろう。何もないところだけれど、千夏はこの場所が嫌いではなかったから。