その事故は史上最悪とも言われた。雪山に墜落した飛行機の破片は数キロ四方に及び、飛び散った燃料による山火事も発生した。あまりの惨状に、現場からの第一報は乗員乗客四百名余り全員絶望と報道されたほどだと茜音自身も後に知ることになる。


 彼女は幼稚園の年長になり、冬休みを両親とスキー場で過ごすため、その便に乗っていた。

 事故の直前と直後のことはあまりはっきりと覚えていない。

 気が付いた時その目で見た物は、真っ黒に汚れ溶けた雪と煤に覆われた深い森。まだ燃えている機体の破片。あちこちで倒れている乗客とそこから聞こえるうめき声や泣き声。燃え上がる油と血の臭い……。


 そんな中、茜音は自分がなぜ無事であるどころか、ほとんど怪我らしい傷を負っていないことが理解できなかった。

 しかし次の瞬間、彼女は自分が立ち上がった場所を振り返り、愕然とした。

『パパっ!』

 茜音の大好きだった父親が、泥の中に埋もれていた。それが自分が無傷であった代償だったと悟ることになる。

『パパぁ…………』

 幼い茜音にも、その人は二度と笑いかけてくれないという事が分かってしまったほどだったから。

 そしてその両腕が、茜音を最後までしっかりと抱きしめていてくれた形を保っていた。

 恐らく茜音が気を失ったあと、幾重にもクッションや毛布をあて、しっかりと抱きかかえてくれて、自身をクッション代わりにして娘の命を守ったのだと……。

 あまりのショックで茜音はその場を離れることが出来なかった。

『その声は茜音?』

『ママ!?』

 振り返ると、少し先に手足から血を流している彼女の母親の姿があった。

『茜音……無事なのね……?』

『パパが……パパが……!』

 茜音は雪をかき分けその声のそばに駆け寄った。

『ママ……、怪我してる……』

 母親は足を骨折したようで自分で動くことが出来なかった。それでも、彼女は機体の残骸から燃やせる物を茜音に探させて暖をとらせた。自分の着ていた服を茜音に着せ、動かない体を引きずって茜音を抱きしめて暖め続けた。

 夜通し燃やし続けた明かりのおかげで、翌日早朝に救援隊が二人の元にやってきた。

 怪我をしている母親を先にヘリコプターに引き上げようとする救助隊に、彼女は茜音を先に乗せるように言った。

 茜音が母親の笑顔を見たのはそれが最後だった。娘のすぐあとに引き上げられた彼女は、ヘリコプターに収容された時にはもう意識がなかったから……。

 怪我による失血に加え、自らの衣服を使って愛娘を暖め続けたその代償はあまりにも大きく、収容先の病院で、娘に看取られながら彼女は息を引き取った。



 その日以来、茜音は言葉を失った。笑顔を見せることもなく、ダークブラウンの大きな瞳からは光が消えた。