二人とも自転車に乗ってゆっくりと川沿いの道を川上に向かって走る。
小川は少し先に行くと本流に合流する。普段から見慣れてしまっているけれど、その本流は日本最後の清流と呼ばれる四万十川だ。
毎年たくさんの観光客が訪れるこの川も、千夏たちには、昔からの身近な遊び場という感覚でしかない。
「香澄ごめんね……。あたっちゃって……」
「いいって。でも、和樹は絶対に千夏のこと特別視してるって……」
「そうかなぁ……。香澄の時と態度違うよ?意地悪だし……」
「男の子ってそういうもんだと思うけどなぁ。きっと千夏可愛いから照れてるのかもしれないよ?」
「もう、またからかうんだからぁ」
香澄も千夏も、この山間の町では数少ない高校2年生。
街中の喧噪とは遠く離れたこの場所で、二人が出会ってからもう十年以上のつき合いになる。
二人だけではない、学校も少ないので、他からの合流も少なく、小学校の頃からみんな顔なじみになるのだけど……。
香澄は学年の中でも比較的流行を取り入れたがるような子で、髪型や、制服なども校則ギリギリにしているし、女性として恵まれた体格と、なによりもあっけらかんとした性格が周りから好かれている。
一方の千夏といえば香澄とは逆に、それこそ学校紹介のパンフレットからそのまま抜け出したような容姿をしている。
セーラー服のスカーフもきちんと前でまとめられている。
スカート丈も膝上10センチ近い香澄と、膝が隠れている千夏とでは、明らかにイメージも違った。
身長も150センチ程度の小柄で、肩まで掛かる黒髪と、その同年代よりも幼い顔が彼女の魅力でもあるのだけど、それに本人が気づいていない。
もっとも、彼女としては顔よりも女らしさが足りない身体の方に少々不満のようだけど……、こればかりはどうしようもない。
そんな対照的な二人は、小学校の頃に泣かされてしまった千夏に代わり、香澄がやりこめてくれたことから始まっている。それ以来、千夏と香澄は「実は姉妹なのでは?」と言われるほどの関係を築いている。
「でもさぁ、小学校の頃、千夏をいじめてたのも、その裏返しだと思うけどなぁ」
「そっかなぁ……。男の子なんて……」
「千夏はいいお兄さんいたからねぇ……。あんな人が目の前に現れたら、私コロって行っちゃうなぁ」
千夏には大学生の兄がいる。今は下宿をしているので一緒に住んではいないけれど、小さい頃から千夏の遊び相手であり、今でも良き相談相手だ。
「お兄ちゃんに比べたら、和樹なんて……」
「そりゃぁ、和樹が可哀相だよ。比較対照になってない! 千夏の初恋がまだ来てないのもそのせいかねぇ……」
「はぁ……」
またため息を付いてしまう千夏。彼女も分かっている。兄以外の男性となってしまうと、まだ親しく付き合える自信がない。
「千夏もそろそろブラコンから卒業しないとね」
「ブラコンなんかじゃないもん!」
香澄は千夏の頭をくしゃくしゃと撫で、
「さぁさぁ。今夜和樹に連絡しておくから、明日デートしておいでよ」
二人がそれぞれの家に別れる所で、香澄が振り向いて言った。
「いいってばぁ」
「まぁ、先は二人に任せるね。バイバイ!」
「うん、またね……」
一人になって、夕暮れになった道を自転車で急ぐ。山間の町は日が落ちるのも早い。うっかりしているとすぐに暗くなってしまう。
「もう……、香澄ったら……」
一人になると、やはり今日買い物に行けなかったことがちょっと残念に思える。ただ和樹との長いつき合いで、こんなことはしょっちゅうだ。
しかし、最近の彼女の中に生まれる気持ちが何なのか、はっきりと表現できない。
「千夏、なにぶつぶつ言ってんだ?」
自宅の前まで来たとき、突然後ろから声をかけられた。
「わ、お、お兄ちゃん!?」
「なにそんなに慌ててるんだよ」
庭先の車から、高知市内の大学に行っているはずの兄、雅春が顔を出した。
「お兄ちゃん、帰ってくるって言ってなかったじゃない?」
「俺も夏休みだし、一度とりあえず帰ってくることにしたんだ。それに……」
「それに?」
千夏の顔を見て、ふと思い出したように雅春が考え込んだ。
「いや、ちょっと千夏に相談したことがあってな」
「ふーん、変なの。まぁいいや、もうすぐご飯だと思うよ」
「俺もそう思う。早く自転車入れてきちゃえよ」
「うん」
千夏が納屋の軒先に自転車を置き、家の扉を閉める頃には、辺りはもう暗闇に沈んでいた。