「ふ~。今日は疲れたぁ……」
夕食とお風呂を済ませ、部屋に戻った茜音は、ごろんとベッドに仰向けになる。
夏休みの初日と言うことで、もう少し起きていてもよさそうだったが、今日はそれよりも心地よい疲れの方が先行していた。
あの泊まりがけ旅行を終えて家に帰った茜音は、両親に決まったことを話しておいた。
思い出の場所探しを始めること、その旅費は菜都実の家の店でアルバイトをすることで工面するようになったこと。
説明を受けながらも、二人とも頷いていて反対することもなかった。
茜音の想いは、夫妻が彼女を引き取った時から知っている。
あの駆け落ち未遂の事件も、施設から渡された茜音の紹介文には書かれていたし、彼女自身からも聞いていた。
だから、両親は茜音に危ないことをしないという条件付きで、そのための行動には制限をしてはいない。もちろん事前の相談はすることになっている。
それに、さすがに中学時代の茜音では外に一人で出すことを躊躇していたけれど、高校になって二人の親友を作ってからはその心配も解消されつつある。
夏休み初日の今日は、茜音が基本の仕事を教わると同時に、佳織が先日の旅行の時に話したいろいろな問題を解決するための作業を行っていた。
父親が大手電機メーカーに勤める佳織。鞄の中からLANケーブルと装置を取り出してはてきぱきと作業を進めて、ものの1時間ほどで、ウィンディ店内でも無線LANが使えるように設定してしまうのは朝飯前の作業だったらしい。
「健ちゃん……、いまどこにいるの……?」
部屋にも度って、自分の机の引き出しから、きちんとフレームに入れられた、古ぼけた写真を取り出す。
連れ戻され、離ればなれになる最後の朝、二人並んで撮ってもらった写真だ。写真では二人とも笑顔だけど、この写真を見るたび、茜音の心の奥には辛いシーンがよみがえる。
二人とも直前まで離別を惜しんで泣いていた。そして、二人はあの河原でした約束を最後に指切りしをて笑顔を作ったときに撮られた物だから。
「はぁ…………」
茜音の心の中の時計はそこで止まってしまっている。この針を再び動かし、心のつかえを取り除くための方法はひとつしかない。
あの日から10年後の当日に、あの場所に立つこと。
そこで約束が果たせても、果たせなくても、茜音がこの先に進むためにはどうしても必要なことだから。
「会いたいよぉ……。でもわたしのこと覚えてるのかなぁ……」
写真は、茜音を寂しさの感情で包むと同時に、健との日々を思い出させてもくれる大切なアイテムだ。だからどうしても処分は出来なかった。
二人が約束した再会までの時間はあと1年。それまでにゼロからあの場所を探し出さなくてはならない。平日は学校もあるから、決して十分な時間があるわけではない。
約束を果たすために、残された時間とまだ場所さえ明らかにできていない茜音が焦るのも自然なことだ。
その夜、彼女は部屋の明かりを付けたまま、いつの間に深い眠りに落ちていた。