声をあげて泣いている茜音の背中を撫でる。それだけじゃない。当時と変わらない髪型や「スカートの方が似合う」そんなものも全て彼女は自身に課してきたのだと。

「頑張ったんだね……」

「うん……。もう離さないで……。どこにも行けないからぁ」

 茜音が悲壮な決意を持ってここに来たという経緯は昨夜知った。そこまで思い詰めた彼女をどう解放していけばいいのかはまだ未知数だ。

 しかし茜音の純粋な気持ちはこの年月を経ても当時と変わっていない。そんな一途な女性が自分を信じていてくれた。

「もう両親には話してあるよ。それがわたしを引き取るときの条件だったんだって。大きくなったわたしたちが再会して、二人で歩くのを決めたときに、きちんと祝福できることって」

「いいのかい? 僕はまだ高校卒業までもう1年残ってるんだよ?」

 茜音は涙を拭いて笑顔になる。

「構わない。わたしはいつでもいい。でも、もう決めてる。ずっと健ちゃんについていくって。邪魔だって言われない限り、一緒にいたい」

「僕ももう茜音ちゃんを誰にも渡したりしないよ」

「ありがとぉ……。よかったぁ。ファーストキスがプレゼントできて」

「そうなの?」

 茜音は顔を真っ赤にしてうなずいた。そんな仕草が素直に可愛いと感じられた。

「本当。誰ともお付き合いの経験ない。これがダメだったら、一生誰とも付き合わないで終わってたよ」

 茜音の長い話の中で、学校では難攻不落キャラと語られている話題になり、思わず二人とも笑顔になる。

「茜音ちゃん。僕、茜音ちゃんと一緒ならこの先に進めると思ってる。だけど、もう少し時間が欲しいんだ。待っていてもらえるかな? それまでも普通につき合ってほしいけど……」

「うん、待ってる。その代わりのお願いなんだけど……」

「なに?」

「もう、わたしのこと一人にしないでね……」

 健は茜音の正面に回り、彼女の目をまっすぐに見つめる。

「僕には茜音ちゃんが必要なんだ。だから、これからはずっと一緒だよ」

 力をこめて握られた両手。茜音は潤んだ目を嬉しそうに細めてゆっくりとうなずいた。




 夕方、二人は駅に戻ってきた。湖に行った三人はまだ戻っていないようだ。そこで二人はあの人物と再会していた。

「おぉ、二人とも大きくなったなぁ」

 予定より1日遅れで、今日は休日にも関わらず、彼は二人を当時と同じように歓迎してくれた。

「よく頑張った。まだ君たちは若い。これからも支え合って欲しいな」

「はい、頑張ります」

 茜音は恥ずかしそうにうなずいただけだが、健ははっきりと宣言した。

「あのときも茜音ちゃんを守るって、こうやって約束したんだ」

「へぇ」

 待合室でお茶を出してもらい談笑していると、残りの三人が戻ってきた。

「おまたせーって、くつろいでるよ。せっかく時間をあげたのにさぁ」

「そんなに時間いらないもぉん」

 健の腕をぎゅっと持つ茜音。出発前の硬い表情が嘘のような満面の笑み。佳織たちも茜音のこんなに柔らかい無邪気な顔をこれまで見たことがない。

 10年間の問いに、間違いなく答えは出たのだと。

「帰りはどうする? 健君もレンタカー返さなくちゃならないでしょ?」

「えぇ~、ここでお別れなんて嫌だよぉ」

 菜都実は何を言ってるんだという顔で、

「あのねぇ、健君がどこに住んでいるか聞いた?」

「ほえ?」

「すぐ隣の横浜なんだから、これからはすぐに会えるわよ。今日の帰りも途中まで一緒」

「へ? そうなのぉ?」

 顔を見合わせる。あれだけの時間を話していたのに、そんな初歩的な情報交換もしていなかった自分たちに笑ってしまう。

「そうみたいだよ。すぐ行けることも分かった。仕事とか学校がない時は会いに行くよ。茜音ちゃんも来てくれると嬉しいな」

「うん、行くぅ!」

 昨日までとてつもなく離れているように思えたのに、こんなに近くで生活していたとは……。世の中狭いと最初に聞いた菜都実たちもため息だった。

「そんな訳だから帰っても同じなわけ。あとはデートでも好きにしてちょうだい」

「はぁい」

 その晩、茜音が両親へ報告を行っている間に、帰宅した佳織の手によって、これまで協力してくれたメンバーへの速報が流れた。

 その反響は彼女の通話がしばらくつながらなくなったほどの騒ぎで、翌朝ウィンディに出勤してぼやいた茜音に佳織はニヤリと笑った。

「あれだけ周りに心配かけたんだから、そのくらいは我慢。それに、学校はまだなんだからね?」

「はぁ……。もっと騒ぎそうだなぁ」

 そんな茜音は溜め息混じり。

 それでも彼女の顔は新しい進路へスタートを切った期待感と、1つの物語の終結を迎えられた充実感が入り混じっているようだった。