食事をしながら、茜音は健から事の成り行きを聞いた。

「まさか川の中で倒れているとは思わなかったよ」

「そのつもりはなかったけどねぇ」

 水の音がしたので、佳織と菜都実がぎょっとして例の小道に駆け寄ったとき、1台の車が猛スピードでやってきて停まった。

 二人はそれが茜音が待ち続けていた人物だと気づくまでに時間はかからなかった。

 挨拶も抜きにして、すぐに下の川で何かが落ちたような音がしたことを話す。

 同い年と分かっていてもさすがは男性だ。異常を感じた佳織の従兄弟と二人で懐中電灯を手に、残り二人を尻目に崖を一直線に下りていく。

 佳織たちが到着したときには、すでに健は水の中から意識のない茜音を引き上げた後だった。

 体はすっかり冷え切っていて何度かゆすってもたたいても目を覚まさなかったけれど、脈も息もまだしっかりしていたという。

 健はなぜ茜音が川に落ちていたのか、すぐに理由が分かったようだった。

「食事終わったら、マッサージしてあげるからね」

「うん。上手になった?」

「さぁ。僕は茜音ちゃん専属だから」

「うん。じゃぁ下手でいい」

 崖の上までは健が背中に負ぶって運び上げた。とにかく急いで暖めなければならない。

 距離がある病院よりもまずは佳織が前もって予約してあった旅館まで大急ぎで運ぶことになった。

 2台の車は暗闇の中を来たときの数倍のスピードで山を駆け下りる。

 事情を話して浴場を開放してもらい、男性二人は外で待機になった。佳織が十分に体温が戻ったことを確認して、バスタオルと毛布で体を包んで菜都実が運んで寝かせた。

 あとは茜音が目を覚ますまで健が一人で付き添うことになったという。

「心配かけちゃった……。ごめんなさい……」

 菜都実が持ってきてくれたものをきちんと平らげた。健がお膳を返してくると、茜音は再び布団に横になっていた。

「大丈夫?」

「うん、疲れたよ……。やっぱ足が動かなくなっちゃうほどのことはあったねぇ」

 健は浴衣のすそを少し捲り上げ、痛みが激しかった茜音の両足のふくらはぎから揉み解していく。

「川から持ち上げたときに、石みたいに固かったんだ。だからこれで落ちちゃったんだなって分かったんだよ。他の人じゃ分からないかもしれないけど」

「そうかもしれないねぇ」

 不思議なことに、あれだけ固かった両足から一気に痛みが抜けていく。そうやって両手両足と痛むところを揉み解してもらうと、ようやく茜音は自分で座れるようになった。

「本当にありがとぉ」

「うん、今日はもう遅いから寝ようか。みんな呼んでくるね」

「ううん。いいの。今日はずっとこっちにいて……」

「でも……」

 念のため隣の部屋に行き扉をノックしてみたが、中からはなんの返事も無く寝てしまっているようだった。



 仕方なく、茜音の隣になるように自分も布団を敷く。

「一緒の布団でいいのにぃ」

「昔とは違うんだから。二人とも大きくてはみ出しちゃうよ」

「そっかぁ」

 少し残念そうな茜音は、せめてもと言って手をつないだ。

「あのね……、もうダメって思ったとき、不思議に怖くは無かったよ」

「そうなんだ」

 常夜灯だけに暗くした室内で、茜音は話し始めた。

「いろいろやったなぁって思って。死んでもママやパパのところに逝くんだってずっと小さいときから分かってたから。でもね、最後に会いたかったよ。振られてもいいから……」

「茜音ちゃん……」

「健ちゃん……」

「なに?」

「わたしってやっぱり頼りないのかな……。健ちゃんには邪魔な子なのかな……」

 最後のほうは、声が詰まっていた。つないでいる手がかすかに震えている。

「茜音ちゃん……」

 答えなど決まっているのに、どう表現していいのかしばらく考えてしまう。言葉の代わりに握っている手に力を入れる。

 10年の間に茜音に何があったのか。

 今の言葉だけでも想像を絶する苦労してきたことは間違いない。それをねぎらえる適切な言葉がすぐに見つからない。

「茜音ちゃん、これからは一緒に頑張ろうよ」

 茜音の返事は無かった。

 横を向くと、すでに茜音は再び寝息に変わっていた。ただし、さっきとは違い安心しきった寝顔だ。

「仕方ないなぁ」

 つないでいた手を茜音の布団の中に戻してやり、健も目を閉じた。