「乗ったこともないのに、懐かしい感じがする……」
ここ数年で配備されたと思われる新型車両は空調も入っている。
表面の汗は拭ったけれど、歩いてきた体の火照りを冷やしてくれるのはありがたかった。
発車までしばらく時間もあるのを確認してもう一度ホームに降りる。
すると、これまでには感じなかった感覚が茜音を包み込んだ。
「これまでと違う……」
同じような地方の小さな駅には何度も降り立った。これまで知ることもなかったような地方のローカル線もこれまでに何度も乗ってきた。しかし、何かが今は違う。記憶の奥底に眠っていた感覚が感じているのか、懐かしい空気のような気がした。
もっとも、この駅には直接降りたことはないはずだ。
あの日の貨物列車はこの駅を通過したかは覚えていない。二人とも下車したわけではないし、帰りは施設の先生の車で戻っている。しかし、もし通過だとしても茜音は10年前にこの地に彼と二人でやってきている。間違いなくそう断言できる自信がわいた。
列車はそれほど混雑もなく出発した。この時期なので登山などに向かうグループ、地元の人々、夏休みとなったことで鉄道ファンなどと分かる姿もちらちら見られる。
しかし、茜音が待ち望んでいる姿を見ることはできなかった。これからのことを考えると車内で周りを見回すなど、あまり目立つのも得策ではないと、一人外を眺めていた。
すぐに小出の市街地は終わり、農村部から山間部に差し掛かってくる。細かいところまでは覚えていないはずなのに、このあたりの風景はさっき駅で感じたときよりも身近に感じられた。
きっとあの当時、このあたりを走っていた頃には二人とも目を覚まして外を見ていたからに違いない。駅の周辺以外から人家がほとんどなくなった頃、列車は大白川駅に到着する。この沿線では比較的大きな駅で列車のすれ違いができる駅だ。
隣に置いてあったトートバッグを肩に掛け、茜音は列車を降りて駅を見上げた。
「うん、ここだぁ……」
小出駅の時より、あきらかに自分の感性に訴えかけるものが大きかった。列車が発車していった方向を見つめる。あの時は薄暗くなってから二人でこの線路を歩いてきた。そしてたどり着いたのがこの駅だった。
「変わってないなぁ」
多少の変化はあったかもしれないが、雰囲気は当時とまったく変わっていない。
ホームから駅舎へ線路を渡り、駅舎の階段を上る。
そう、はっきり思い出せた。線路を歩いてきて見つけた明かりのついた駅舎に上るために、この階段を10年前に登ったことを。
当時、自分たちを保護してくれた泊まりの駅員も今は無人化されてしまっているようでその姿は見られない。
最後の切符を駅員代わりの回収箱に入れて駅舎の外に出た。
「覚えてる。ここで引き渡されたんだね……」
あれだけ長いこと空白で思い出せなかった駅前の景色を今ではしっかり思い出すことができる。ここで先生たちに引き渡されるときには、二人とも連れ戻される覚悟もすっかりできていた。すでにこの先離れ離れになってしまうことを受け入れるための約束も済ませてあったからだ。
「きっとみんな大騒ぎになってるし、ここまで来たら、もう引き返せないからね。あとは歩くしかないよ……いい、茜音?」
一度駅舎内のベンチでペットボトルから水を飲むと、スカートから伸びている自分の足に言い聞かせるようにポンと膝をたたいて立ち上がった。