「確かあの服ってそもそもオリジナルなんだから売ってないはず……。時間かかったでしょう?」

 佳織はお店の冷蔵庫から冷えたアイスティーをグラスに注いで萌に渡す。

「髪型も昔から変えてないんでしょ。そうすると10年前の茜音がもう一度見られるわけだ」

「小物類までは再現できませんでしたけど……」

「へーきへーき。茜音のことだから、そのくらいはちゃんと持ってるって」

 そんな三人の背後に立つ気配がした。

「おかえりーって、うわぁ……」

「そのまんまですねぇ」

「あんたいくつ?」

 学校帰りだったので靴下や靴、髪を留めているゴムなどは学校時の仕様だから仕方ないとして、それを身につけた茜音は一気に年齢が下がったように見えた。

 もちろん身長が当時よりも伸びているから完全というわけではない。それでも最近の小学生の高学年では彼女を追い抜くような子もいる。ただでさえ同年代よりも幼い雰囲気の茜音だ。全く違和感なく着こなしてしまった。

「萌ちゃん……、ありがとぉ……」

 当の本人が一番感激しているらしく、その声は震えていた。

「本当に、よく似合います。やっぱり元のデザインは子供服だから、アレンジしても作ってるときはちょっと不安だったんです。でも、よかった」

「へぇ、これは見事だよな。みんな見たら驚くだろうなぁ」

 普段から茜音はほとんどノーメイクだから、これで全体の小物系を揃えれば、本当に背の高い小学生で通ってしまうかもしれない。

 よく見れば顔つきはやはりそれなりに整っていて、全体のバランスは年相応ではある。それでもこの服に衣装替えしたときの雰囲気はそんなものを一気に吹き飛ばしてしまうだけの威力はありそうだ。

「これで当日の衣装は決まったな」

 菜都実の一言で、茜音は顔を曇らせた。

「そう……、だねぇ……」

「茜音、あんたここまでやってもらって、まだウダウダ言ってんの?」

「まぁまぁ」

 声を荒げそうになった菜都実を佳織は押さえる。

「いいんですよ、茜音さんが悩んでいる気持ち、本当に分かりますから」

「萌ちゃん……?」

 萌は盛り上がっている二人とは逆に、年下とは思えないくらい落ち着いた声で続けた。

「私も、あのあとに、大切な人ができました。私がその人を見ていなかったときも、ずっと私のこと見ていてくれました。でも、最初にそのことを告白されたとき、私、どうしていいか分からなかったんです。自分はその人の想いを知らずに5年間も過ごしてしまったんです。でも、今は一緒にいるのが嬉しくて、あのとき悩んでいたけど、結果は本当に良かった。私もいろんな人に迷惑もかけたし、それに一人になるのはもう嫌ですから……」

 萌の言いたいことは痛いほど茜音も分かる。彼女も大切な人を何度も失って、自分を見失っていた時期があった。結果的に今は支え合っていける人がいるというのは、やはり自分がいつまでも閉じこもっているわけにはいかないということだ。

 これまでにあちこちを渡り歩き、各地で応援してくれた人の顔が浮かぶ。それに、自分はやはりこの先にどうするかを決めるためには、結果がどうであれ向かわなければならない。

「萌ちゃん、ありがと。うん、大丈夫。ちゃんと行ってくる。行かないとこの先に進めないよね」

 顔を上げた茜音の表情はどこか吹っ切れたようにすっきりとしていた。

「そうですね」

「この服使わせてもらうね。なんか10年前の素直なときに戻れそうだし」

「おし、んじゃ明後日の足を考えておくわ。あとで場所教えてな」

「いいよぉ。電車で行く。あのときと同じに……」

「あれだけ探して大変だったんだから、どれだけ不便なところに行くつもり?」

 佳織に押し切られ、結局以前と同じように佳織の従兄の車で出発することが決まった。

 その日、茜音は店の閉店後の片付けまでをきちんと終わらせた。

 夏休みに入り、バイトもフル回転のはずだったが、出発を控えていることを考慮したマスターは茜音のシフトを帰ってくるまで頑として入れなかったから、これが当初の目的での仕事をする最終日ということになる。

「本当に、ありがとうございましたぁ」

 学校の制服に戻り、店から出るとき、茜音はマスターに深々と頭を下げた。

「明後日、頑張ってね。まぁ、この先もうちの看板娘として来てくれるとありがたいんだけど」

「はいぃ。分かりました。これからもお願いしますぅ」

 もう一度頭を下げると、茜音は暗くなった店を後にした。