最初は仕事を休ませて考えるように勧めていた二人も、せめて仕事中は気を紛らわせることが出来るかもしれないという茜音の訴えで、ここ数日は時間が許す限り店の手伝いをしてもらっている。
そして、残り2日となったとき、夕方のお店に一人のお客がやってきた。
まだ夜のメニューに変えるための準備をしているところで、テーブルのセッティングを変える作業をしている後ろで、店の扉が開いた。
「いらっしゃいませぇ……。あれー、萌ちゃんだぁ」
「こんにちはぁ」
入り口に立っていたのは、今ではすっかり茜音と仲が良くなった大竹萌だ。プライベートでも遊びに行く回数も増え、時々こうやって店にも双子の姉の美保と一緒に顔を出してくれる。しかし、今日は萌一人だけ、しかも大きめの袋を抱えている。
「こっちどうぞ。なんか大変そうだねぇ……」
大事そうに抱えている袋はそれほど重くはないらしい。
萌は店内に他の客が居ないことを確認すると、茜音を呼んだ。
「ほぃ? なに?」
「茜音さん、今週末でしたよね……?」
「う、うん……」
「話は佳織さんから聞いています。でも、今日は説得しに来たんじゃないです。ただ、渡したい物がようやくできあがったんで届けに来ただけです」
きょとんとする茜音に萌は持ってきた紙袋を渡した。
「すみません。ラッピングもしていなくて……。でも間に合うかどうか分からなくて……。やっと今朝出来たんで、急いで持ってきました」
茜音は手にした袋の中身をのぞき込むとはっとして顔を上げた。
「これは……」
茜音はもう一度それを見ると、静かにそれを取り出した。
「服?」
ただならぬ気配を感じた佳織と菜都実も二人の元にやってきて、袋から取り出された物を見る。
「もう着られないって思ってたのに……。自分じゃ作れないから……」
その服を全員見たことはある。しかし、それは目の前にあるものとは比べ物にならないほど小さいもの。
萌が持ってきたのは、それを今の茜音のサイズに起こしなおしたものだった。
白いレースの付いたブラウスと、淡いブラウンの生地をベースにしたシンプルなジャンパースカート。
ブラウスは既製品で済ませたのかと聞けば、いいものが見つからずオリジナルをコピーして起こし直したという。
確かに萌が遊びに来たときに、熱心に見て携帯電話のカメラで写真も撮っていったのは覚えていて、当時は「参考です」というコメントを聞いていたけれど、それがこんな形になってくるとは思ってもみなかった。
「いろいろ思うことはあるかもしれませんけど、やっぱり当日は昔に戻って話したいんじゃないかって思って、思い出せる限り作ってみたんです」
「うわぁ……」
「すげぇなぁこれ」
二人もその出来映えに驚いているが、一番驚いているのは当の茜音だった。
「これ……、本当に着ていいのかなぁ……?」
「もちろんですよ。たぶん大丈夫だと思いますけど、サイズとか見てもらえませんか?」
萌に言われ、茜音は再び奥に戻っていった。
「しかし、当日の衣装としては最高の準備だなぁ」
「茜音さん、あの服が凄い気に入っているって言ってて、でも手に入らないから無理だって言ってたんです。本当は、もう1着頼まれていたんですけど、こっちを優先しちゃいました」
どうやら、本来頼まれていたものの順番を繰り上げて、茜音にも内緒で作ってしまったようで、急ごしらえながらも、なんとか間に合ったという感じらしい。