「しっかしさぁ、茜音も純情だよねぇ」

「え~、突然なによぉ、それはぁ」

 佳織の予想どおり、昼間の日焼けダメージで長時間の入浴ができなかった菜都実が、温泉を堪能して部屋に戻ってきた二人を出迎えて言った。

「だってさぁ、この前の朝だって、あんな潤んだ目して海見てたらさぁ……。どーせいつもみたいに妄想モードに入っていたんだろうけどぉ……」

 菜都実の言うとおり、茜音が坂の途中でぼんやりとしていて、遅刻しかけたことは珍しいことではない。そういう時の茜音は、大抵空想に耽っているときなのだが……。

「う、それはぁ……」

「だって、もう9年でしょう? 一人の男の子思い続けるなんて純情以外になんて言うのよ?」

「いいじゃん。それが茜音じゃん?」

「佳織……?」

 年頃の女の子三人がこういう話を始めてしまったら、それまでの恨み節などもどこかに飛んでしまう。

「だって、素敵じゃん。それって茜音の初恋でしょう? 頑張ってかなえて欲しいなぁ」

 いつも堅実派に見える佳織も、なかなか結構夢見てしまうタイプだったりする。三人の中で一番背は小さいけれど、落ち着いた雰囲気に何故か1年生からの人気が高い。

 児童施設にいた茜音の経験は二人には新鮮に映ったし、そこで結んだ約束を今もなお追い続けている姿に、二人は惚れ込んでしまったのだから。

 茜音も、やはりお年頃の女の子だ。彼女の容姿を見れば注目されないことはないし、無謀……にも、ことある毎に告白を挑んだ男子は数知れずである。

『ごめんね、私にはまだそういうこと考えられないから……』

 と、いつも相手を傷つけないように心がけてはいるけれど、茜音だってせっかくの気持ちを断ることを心苦しく思っている。

 教師には内緒で行われる校内の非公開人気ランキングでは、常に上位のポジションを誇る茜音だけに、その動向は常に注目されている。

 いつしか『難攻不落』と言われてしまっている茜音を誰が射止めるのかは学校中の男子にとって、気になるところだ。

 茜音自身、健とした10年前の約束がまだ有効なのかどうか、それが約束の日が近づくに連れて不安がどんどん大きくなってきている。

 悩んだ茜音が出した結論は、とにかく約束の日にそこに行ってみることだった。再会の約束が結実するかは問わない。とにかく自分の気持ちに決着を付けるためにはそれしかないと決めていたのだけれど……。

「でも、健君だっけ?今どこにいるかも分からないんでしょう?」

「うん……」

 施設を移り、すぐに片岡家に引き取られたりと、めまぐるしく変わる環境。茜音も連絡をすることが出来ず、今となっては彼がどこにいるのかさえつかむことが出来ていなかった。

「せめて、その場所がどこだか分かってればいいんだけどねぇ……」

 実際、茜音が持っている情報は無いに等しい。場所の手がかりは、山奥の渓流に架かる橋という事だけ。こんな場所はそれこそ日本中にいくつあるか分かったものではない。

「うーん。どこまで絞り込めるかだよねぇ……」

 三人とも気が思いやられる。なんと言っても、現場がどこなのか見当も付かない。

 あの体験をしたのがあと1年遅ければ、茜音も場所などの記憶がはっきりしてくるのかも知れないが、当時小2で誕生日前の7歳。無理を言えるものではない。

「ねぇ、茜音!」

 突然、菜都実が隣にいた佳織の肩に手をかけながら呼んだ。

「なに?」

「ネットで、橋の情報探せないかな?」

「ほえ?」

「ほら、その橋の情報だよ。佳織出来るかな?」

「検索エンジンで探せば結構引っかかると思うよ? 試しにやってみようか?」

 佳織はすぐにスマートフォンを取り出して有名検索エンジンにキーワードを入力してみる。

「うわ~、出る出る……」

 キーワードに『橋』と打ち込んだだけでは、それこそ数千という検索結果が出てしまう。市街地を外すと追加条件を追加しても、かなりの数が表示される。

「どうするこれ?」

「とりあえず、片っ端から見ていくしかないよねぇ……」

「写真とかが載っているものを重点的に調べてみよっか」

「う~。頭いたくなりそう……」

「ほら、茜音も菜都実もスマホ持ってるんだから、自分で調べなさいよね」

 三人とも宿の無線LANの設定を間借りしているから、通信費に響くものではない。

「そっか。一人で探すこと無いんだ」

 佳織に言われ、二人は顔を見合わせ笑った。