【茜音・高3・あの夏から10年】
「茜音、入るよ…?」
菜都実は茜音の部屋のドアをノックした。
「うん……」
小さな返事が聞こえる。ノブを回して扉を開けると、部屋の奥にある窓から外を眺めている茜音の姿があった。
「戻ってきたんだって?」
「うん……」
茜音は昨日、予定より早く東北と信州からの旅を切り上げてきた。
いつも目いっぱいのスケジュールを組んで飛び回っていた彼女が、突然何も言わずに切り上げてくるなど、これまでのことを考えれば、菜都実と佳織には信じがたいことだったけれど、落ち着いて考えると、それ以上探し回る必要がなくなったから以外に理由は見当たらない。
ところが、今日になっても何も知らせてこない茜音に、二人には不安が走った。
そっとしておいたほうがいいということは分かっている。しかしそこはもう1年も一緒になって、その場所を探してきただけに、そのまま放って置くことも出来なかった。
家で用事を済ませてからバイトに行くという佳織の代わりに、菜都実が一人で茜音の家を訪ねることになった。
「そっか……。やっぱね……」
「うん……。びっくりさせてごめん…」
そこで初めて、茜音は菜都実の方に振り向いた。
「どうした? ずいぶんやつれてんじゃない……?」
長い間ずっと捜し求めていた情報を手にしたのだから、満面の笑みであってもおかしくはなかった。
しかし今の茜音はそんな様子も無く、疲れきっているように見える。それだけならまだいい。これまでの茜音らしい無邪気とも言える元気のかけらさえ見当たらない。
「ねぇ、茜音、ひとつだけ教えて。場所は分かったの?」
菜都実はこれまで自分が考えていた最悪のシナリオでないことをどうしても聞いておきたかった。
「うん……。分かったよ。ちゃんと約束の日がいつだってことも……」
「そっか……。彼の消息も分かったの?」
「ううん。そこまでは逆に聞かなかった。でも、きっと……、その日にそこに行けば会えるんだと思う……」
それでも浮かない顔をしている茜音。
「それなら、茜音のこれまでの苦労はちゃんと報われるんだよね?」
「たぶん……」
何が原因でふさぎ込んでしまっているかは分からないが、この場ではそれ以上聞き出すことは無理だと思った菜都実。
「分かった。じゃ、落ち着いたら学校にはちゃんと来るんだぞ?」
微かにうなずいた茜音を残し、自宅でもあるウィンディへ帰る。
「どうだった?」
ランチタイムからの切り替えの手伝いも一段落して、隅っこの席で休んでいた佳織が聞いた。
「うーん、よく分からないんだわ。場所も日付も分かったらしいんだけど、なんかそれにしちゃ全然元気ないんだよね。なんか心ここにあらずって感じで……」
「なるほどぉ……」
佳織はすでにその原因に心当たりがあるようだ。
「なんなんよ? 佳織には分かるっていうんかい?」
「そんなの単純じゃん……」
「はぁ?」
あっさりと答える佳織をますます分からないという顔をした菜都実。
「茜音さ……、不安なんだよあの子……」
「不安?」
「そう。これまでは思い出の場所を見付けなきゃならないっていう使命感に燃えてたじゃん? でも、よく思い出して? 茜音の目的ってそれだけじゃないでしょ?」
「そっかぁ……。告らなきゃならないもんなぁ……」
「そゆこと。茜音にとっては初恋なわけでしょ? それなのに相手とは10年間も会っていないし、OKしてもらえる確約もないわけ……」
「それに、場所が分かったところで、本当に来てくれるかどうかも分からないと……」
ようやく茜音の様子に納得がいったという感じの菜都実。
「んでもさぁ……、それは茜音が心配症なんじゃないの?」
「それならいいんだけどねぇ……」
その晩、二人の携帯に茜音からメールが入った。 その短い内容には、沈黙をしてしまった事への詫びとともに、昼間二人が話していた心配事がにじみ出るような書き方だった。
「やっぱ茜音も普通の女の子だったね……」
あまりに予想通りの反応に、佳織は苦笑した。そして、この後どうしたものかと考え込むことになってしまった。
「茜音、入るよ…?」
菜都実は茜音の部屋のドアをノックした。
「うん……」
小さな返事が聞こえる。ノブを回して扉を開けると、部屋の奥にある窓から外を眺めている茜音の姿があった。
「戻ってきたんだって?」
「うん……」
茜音は昨日、予定より早く東北と信州からの旅を切り上げてきた。
いつも目いっぱいのスケジュールを組んで飛び回っていた彼女が、突然何も言わずに切り上げてくるなど、これまでのことを考えれば、菜都実と佳織には信じがたいことだったけれど、落ち着いて考えると、それ以上探し回る必要がなくなったから以外に理由は見当たらない。
ところが、今日になっても何も知らせてこない茜音に、二人には不安が走った。
そっとしておいたほうがいいということは分かっている。しかしそこはもう1年も一緒になって、その場所を探してきただけに、そのまま放って置くことも出来なかった。
家で用事を済ませてからバイトに行くという佳織の代わりに、菜都実が一人で茜音の家を訪ねることになった。
「そっか……。やっぱね……」
「うん……。びっくりさせてごめん…」
そこで初めて、茜音は菜都実の方に振り向いた。
「どうした? ずいぶんやつれてんじゃない……?」
長い間ずっと捜し求めていた情報を手にしたのだから、満面の笑みであってもおかしくはなかった。
しかし今の茜音はそんな様子も無く、疲れきっているように見える。それだけならまだいい。これまでの茜音らしい無邪気とも言える元気のかけらさえ見当たらない。
「ねぇ、茜音、ひとつだけ教えて。場所は分かったの?」
菜都実はこれまで自分が考えていた最悪のシナリオでないことをどうしても聞いておきたかった。
「うん……。分かったよ。ちゃんと約束の日がいつだってことも……」
「そっか……。彼の消息も分かったの?」
「ううん。そこまでは逆に聞かなかった。でも、きっと……、その日にそこに行けば会えるんだと思う……」
それでも浮かない顔をしている茜音。
「それなら、茜音のこれまでの苦労はちゃんと報われるんだよね?」
「たぶん……」
何が原因でふさぎ込んでしまっているかは分からないが、この場ではそれ以上聞き出すことは無理だと思った菜都実。
「分かった。じゃ、落ち着いたら学校にはちゃんと来るんだぞ?」
微かにうなずいた茜音を残し、自宅でもあるウィンディへ帰る。
「どうだった?」
ランチタイムからの切り替えの手伝いも一段落して、隅っこの席で休んでいた佳織が聞いた。
「うーん、よく分からないんだわ。場所も日付も分かったらしいんだけど、なんかそれにしちゃ全然元気ないんだよね。なんか心ここにあらずって感じで……」
「なるほどぉ……」
佳織はすでにその原因に心当たりがあるようだ。
「なんなんよ? 佳織には分かるっていうんかい?」
「そんなの単純じゃん……」
「はぁ?」
あっさりと答える佳織をますます分からないという顔をした菜都実。
「茜音さ……、不安なんだよあの子……」
「不安?」
「そう。これまでは思い出の場所を見付けなきゃならないっていう使命感に燃えてたじゃん? でも、よく思い出して? 茜音の目的ってそれだけじゃないでしょ?」
「そっかぁ……。告らなきゃならないもんなぁ……」
「そゆこと。茜音にとっては初恋なわけでしょ? それなのに相手とは10年間も会っていないし、OKしてもらえる確約もないわけ……」
「それに、場所が分かったところで、本当に来てくれるかどうかも分からないと……」
ようやく茜音の様子に納得がいったという感じの菜都実。
「んでもさぁ……、それは茜音が心配症なんじゃないの?」
「それならいいんだけどねぇ……」
その晩、二人の携帯に茜音からメールが入った。 その短い内容には、沈黙をしてしまった事への詫びとともに、昼間二人が話していた心配事がにじみ出るような書き方だった。
「やっぱ茜音も普通の女の子だったね……」
あまりに予想通りの反応に、佳織は苦笑した。そして、この後どうしたものかと考え込むことになってしまった。