「茜音ちゃんって、本当に最近では珍しい子ね」

「そうですか?」

 早月は隣に座る茜音の髪をなでた。湯上がりでまだ髪がほのかに湿っている。黒い髪に月明かりがかすかに反射して光っていた。

「本当にそう思うわ。茜音ちゃんは普通の人ができないようなことをたくさん経験している。辛いこともたくさんあったのに、それを素直に受け止めて頑張れる茜音ちゃん。本当に素敵だと思う」

「そんなに凄いことなんかしてないですよ。ただ、わたしには他の選択肢がなかったんです。わたしのことを本当の意味で知ってくれているのは、健ちゃんしかいません。健ちゃんに会えなかったら、あの約束をしなかったら、今頃ここにはいなかったかもしれません。本当に真っ暗で、何も聞こえなかった……。そんなわたしのことを一人だけ見捨てないでいつも一緒にいてくれたから」

「そうか、凄いわね。私たちなんて18の時に何やってたかしら。茜音ちゃんに先生になってもらわなくちゃね。『あかね』かぁ……」

「は、はい?」

 いきなり呼び捨てにされたようで、茜音は拍子抜けた声を出してしまう。

「あぁ、ごめんごめん。今日遅れたのはね、病院に行っていたからなの。3ヶ月ですって」

「わぁ。おめでとうございます。あ、でも、そんな大事な日に押しかけちゃって、それに荷物も持ってもらったり……」

 おなかを撫でながら早月は微笑んだ。

「いいの。来るって分かったから明日朝の予定を今日にしたのよ。茜音ちゃんが運んできてくれたニュースだと思う。だからね、あかねって名前、女の子だったらいいかもなぁって思ってね」

「わたしと同じだと苦労するかもしれませんよ?」

「そうかもしれないわねぇ。でも、茜音ちゃんはそれ以上にいいものをたくさん私たちに教えてくれたわ。今でもこんな純粋な子がいるんだって。理香が言ってたのよ。見た目は少し幼く見えるかもしれないけど、最近まれに見るいい子だってね。だから、理香も本当に間違いないか必死だったわ」

 茜音が休んでいる間に、理香からの連絡が入ったそうで、早月は茜音の目的地探しの旅が終わったことを伝えていた。

「今夜はゆっくり休んで。明日帰るの?」

「そうですねぇ。もう、帰る分しかお金残ってませんし」

 茜音がここへ来る際に迷ったのは、時間の関係と、彼女の資金が底をつきかけていた事情もあった。

 学校に差し障りない限りウィンディでの仕事を手伝い、貯金を積み上げてきたが、今年の春以降は最後の追い込みで出費がかなりかさんでいた。

 今回の計画も最初の飛行機、その後の鉄道での移動、宿泊費と日程は短いながらも、貯金をギリギリまで使い込む予定になっていた。

 だから、この大宮夫妻のところで失敗した際に、再び北に向かうことができなかった。茜音の予算としてはもはや今回の帰路の分と、本番の旅費分しか残っていない。それも、このあと数日間バイト漬けになるという前提付きだ。

「よく頑張ったのねぇ。今日からぐっすり眠れるわね」

「はいぃ」

 その晩は客間に布団を敷いてもらい、茜音もこれまでの疲れと、張っていた緊張もなくなったためか、床に入ったとたんに朝までぐっすり眠ってしまった。