早月はテーブルを片づけた後に人数分の麦茶の入ったグラスを持ってきてくれた。

 部屋の中にエアコンはかかっておらず、網戸にした掃き出し窓からは涼しい風が吹き込んでくる。夏場の夜間に普通にエアコンが不要というのは、都会暮らしの茜音には少しうらやましい。

 もっとも、茜音はどちらかといえば夏は得意な方なので、少々の熱帯夜ぐらいでは寝不足を起こすこともなくて、海風が強い日は窓を開けて寝ることも多い。

「ごめんなさいね、なんか私たちの昔話になっちゃって。でも理香、茜音ちゃんのこと気にしているみたいだった。あの子、見た目は強気なところがあるけど、本当は泣き虫でね、優しい子よ。みんなから好かれてる。ちゃんと受け止めてくれる人ができてよかった」

「わたし、理香さんとか、みんなに心配かけてばかりなんです。今回だってもともとはみんな来てくれるって言ってました。わたしが頼りなくて心配だから……」

 自分を責めるように話す茜音。自分がもっとしっかりしていて、当時の記憶をきちんと思い出すことができたなら、そもそもこんな無謀とも言える計画を発動しなくて良かった。すべては自分が悪いのだからと茜音はいつも思っていた。

「その考えは今日でおしまいね。茜音ちゃんは自分の意志であれだけの予定を変更して来てくれたんだもの。その決断は勇気の証しよ。責める必要なんかないわ」

 早月が首を横に振りながら諭してくれる。

「もう大丈夫よ。理香もその彼もみんな間違いないって言ってくれた。これで茜音ちゃんを喜ばせられるって。よく頑張ったと思うわ」

 そこに祐司が1つの封筒を持って戻ってきた。

「さぁ、これだ。渡す前にひとつ聞いておきたいんだけど」

 彼はそう言って、封筒を座卓の上に置いた。

「あっ……」

 茜音はそれ以上言葉が出なかった。

 その様子を見て、夫妻は顔を見合わせてうなずく。

「あ、ごめんなさい。質問はなんですか?」

 茜音の様子から、二人はもう聞くまでもないと思ったらしいけれど、祐司は封筒に書かれている文字を示しながら言った。

「ここの、佐々木茜音さんというのは間違いなく君なんだろうか? 僕らは君のことを片岡さんとして紹介されているので、それを確認したらこれを渡そうと思ってね」

 茜音はうなずいて自分の荷物の中から封筒を取り出した。これまでの探索に出るときも必ず持っていたが、使う出番がなかった。

 それにはいくつかの書類が入っていて、その中に茜音の生い立ちを証明できるもの、彼女の戸籍の写しが含まれていた。茜音はそれを二人に見せる。

「このとおり、わたしは両親を事故で失って、8歳で今の両親のもとに養子に入りました。そのときから片岡の姓を名乗ってます。でも、わたしに最初に付けられた名前は、片岡ではなくて、佐々木茜音です。もし、これを書いたのが、わたしの知っている松永健さんなら、わたしが片岡姓になったのは知らないでしょうから、そのままと思っていても不思議ではないです」

「そうか。えっ……、佐々木秀一郎と成実って……まさか……」

「はい。わたしを生んでくれた両親の名前です」

 茜音の出生書類を見た二人は、驚いた様子で顔を見合わせたけれど、すぐに元に戻った。

「よろしい。早月、はさみを持ってきてあげなさい」

 祐司は十分に納得したように、茜音に封筒を手渡した。

「さぁ、これで僕の役目も終わりだ。本当に良かったよ」

 白い封筒を受け取った茜音は、それをもう一度よく見てみる。表には佐々木茜音様と書かれているだけ。しかし、裏返した茜音は再び息をのむ。

「健ちゃん……」

「彼でいいんだね」

「はい……」

 裏には、手紙の差出人として、こちらも松永健と名前だけが書かれている。

 この二つの名前だけでここまでの反応ができるのは、間違いなく本人だけだろう。

「でも、どうやってこれを……?」

 早月がはさみを持ってきてくれてはいたが、その前に茜音はなぜこれがここにあるのかを知りたかった。

「これを預かったのは、実は去年なんだよ」

 祐司は優しい眼差しで茜音を見て話し始めた。