中に通された大宮家は外見は山の中にある古めの一軒家だったけれど、中はそんなふうには見えず、現在風の住みやすい部屋になっている。
「ここはね、私たち夫婦が引っ越してくるまで空き家だったのよ。見ての通りぼろ屋だったからどう改装してもいいってことでね。家賃も安かったし」
早月はキッチンに戻る。どうやら予定が遅れた中で急いで夕食の用意をしているうちに、茜音を迎えに行く時間になってしまったようだ。
「あのぉ……、お手伝いしましょうか?」
料理ならば茜音も手伝うことはできる。味付けが必要なものは早月に任せ、二人で夕食の用意を済ませたところに、この家の主人が帰ってきたようだ。
「早月、ただいま。お客さんはみえたかい?」
早月は急いで玄関に走っていった。声の様子からほぼ同じ年頃だと思われた。
「茜音ちゃん、紹介するわね。私の旦那様の祐司さん」
「はじめまして。突然お邪魔してすみません」
今夜はこの家でやっかいにならねばならない。夏場でもあの駅まで戻って野宿というのは、一人旅という現状では避けたい。
いや、理由はそれじゃない。この人物こそ自分がこの長い年月探し求めていた情報を持っている当人なのだから。
「ずいぶんと長旅をしてきたそうで。もっと早く知らせてあげられれば良かったんだけどね。すまないが、先に食事にしてもいいかな。いろいろ話も長くなりそうだから」
「そうですねぇ」
茜音にしてはタイミング悪く、昼から何も口に入れていなかった茜音のおなかが鳴る。
「はうぅ。す、すみません……」
「ははは、高校生なんだからそのくらいの方が健康で普通だよ。早月、すぐに用意してあげてくれるか?」
真っ赤になってしまった茜音を大宮夫妻は暖かく笑って食卓に招いてくれた。
食事の席で、夫妻はもう一度自己紹介をしてくれ、今回の連絡を教えてくれた理香との関係を教えてくれた。
「理香とはね、私たち二人とも理香と同期なのよ。というか、理香が私たちを縁結びしてくれたのよね」
「そうなんですかぁ」
今でこそ、仲むつまじく夫婦生活をしている二人だが、当初は互いに自分の気持ちを伝えることも難しかったという。
「でも、そこに理香が入ってくれて、何かとお世話になっちゃったの。理香がいなかったら、私たち結ばれてなかったわよね」
「すごいですねぇ」
その後は、どちらかといえば学生時代の理香の話に移っていった。
「本当はね、理香を狙っていた人も多かったのよ。でも理香はずっと自分から拒否してた。結局あの頃から今の彼氏君ことをずっと意識していたのよね」
「理香、結構辛そうだったよな」
意外な話を聞いたと茜音は思った。理香の話では学校時代はあまりもてなかったと聞かされていたからだ。
「違うのよ。理香って本当の意味で理香のこと好きになってくれていたのは今の彼氏君だけ。この間二人で来てくれた時によくわかった。彼、理香のことよく分かってる」
「ほら、理香って地元ではいいところのお嬢さんじゃないか。そういう女の子とつき合いたいって連中はいくらでもいたし。でも、あいつは本当に自分を選んでくれた人じゃないと嫌だったんだな」
「そうなんだぁ」
理香がそういった性格の持ち主ならば、昨年秋の話にも納得が行く。彼女は清人に本当に自分の気持ちを向けてくれているか試していた。やはり理香からの片思いだけでなく、偶然に再会した、幼馴染でもあった清人からの本気を確かめたかったから、あんな手の込んだことをしたのだ。
それを考えれば、彼女が茜音の話に熱心に聞き入ってくれたのも分かる。
「なんか、理香さんもわたしと同じことしてたんですね。そうかぁ」
「そうだ、話がずれちゃったけど、問題は茜音ちゃんの話だね。少し待っていてくれるかい」
祐司は茜音を居間の座卓の前に残し、奥の部屋へ消えていった。