時計は再び元に戻り、三人は高校2年生に進級していた。

 初めての出会いから1年も経ち、最初はぎこちなかった茜音も、すっかり周囲にとけ込めるようになっている。

「どうよ、こういう泊まりがけの旅行は?」

 菜都実は防波堤の上に座って昼食に買ってきたおにぎりを手に隣の茜音に聞く。

「うん。来てよかったかなぁ……」

「海で遊ぶなんて、私も久々だったかも」

 茜音に続いて、佳織も大きく伸びをしながら加わる。

「うちなんか家の目の前が海だって言うのに、海水浴なんか全然しないもんなぁ」

 今回は夏休み直前、期末テストも終わった採点日からの連休。菜都実の提案で房総半島の先端にある鴨川まで泊まりがけの旅行をすることになった。

 ハイシーズンなので宿が取れないと言っていたところ、ウィンディのマスターでもある菜都実の父親のマリンスポーツ仲間が民宿を営んでいて、両方の商売とも夏休みシーズン直前だからと格安(ほぼ招待らしい…)という条件が舞い込んだことで実現した。

 茜音の希望で到着初日は水族館を訪れ、2日目の今日は菜都実の計画通りに海水浴を楽しんでいる。

「でもなぁ。茜音ってひでぇなぁ」

「ほへぇ?」

 菜都実がグレーのタータンチェック柄の水着と上に1枚羽織っているものを見透かすような目つきで言う。

「だってさぁ。まさかそんなにご立派だとは思わなかったぞ。制服だって分からないし、私服じゃぁ幼児体型にしか見えないしよぉ。体操着の時はどうやって隠しているのやら」

 この三人を背の順に並べると、いちばん大きいのが菜都実、その後に茜音、佳織と続く。

 年頃の女の子の注目は身長よりも別のところにある。もともと体格の良い菜都実は圧倒的として、その次には佳織が来ると思っていた。

 しかし昨夜三人で温泉に浸かったとき、その予想は外れていた。決してグラビアに載るようなものではないけれど、茜音のそれは体型とのバランスでは菜都実よりも理想的に見えた。

「そんなに気にしてないんだけどなぁ。それは少しでも大きくなれぇって思ったこともあったけどぉ」

「佳織も怒れ! こんなんでワンピースの水着だなんてありえねぇ」

「だって、私はもう諦めてるし。胸が必要以上に大きくたって邪魔なだけだし? それに茜音が普通にあるのは知ってたよ? それなりに背があるから気づかないだけよ」

 一緒になって言ってくれるはず……(と菜都実が思いこんでいただけだが)の佳織にあっさりかわされてしまう。

「くそ、今日の風呂でまたじっくり見てやる」

「ほえぇ? そんなじっと見られたら恥ずかしいよぉ」

「大丈夫よ茜音。菜都実は今日の長風呂は無理だから」

「そうなのぉ?」

「だって、菜都実日焼け止めもなんもしてないもん。痛くて熱いお湯なんか入れないわよきっと」

「あぁぁぁ!!! し、しまったぁ……」

 佳織の指摘で青ざめる菜都実だったが、時すでに遅し。日焼けで赤くなってしまった背中は、その晩の入浴時に菜都実をノックアウトするのに十分すぎた……。

 茜音がこういったやり取りを自然にできるようになったのは、やはり友人たち二人の影響が大きい。

 ショートカットでいかにも活発そうに見える菜都実はいつも明るく、成績の方はちょっと怪しいけど、体力勝負とムードメーカー的な存在の彼女は、茜音が落ち込んだときにどうしても必要だった。

 もう一方の佳織は、メガネこそかけていないが、セミロングにしたさらさらの髪と三人の中で一番落ち着いた顔つきで、大人っぽく見える。

 見かけどおりかどうかはともかく、常に冷静で頭の回転も速い。ただ勉強が出来るというのではなく、どこから仕入れてきたのか、茜音と菜都実が呆れるようなネタまで知識は豊富だし、柔らかでのんびりとした性格が、周りからも好かれている。

 もちろん、茜音と菜都実にとってのテスト前の頼み綱であることもお約束だ。

 こんな三人だから、いつも一緒にいたし、時間があればお店の手伝いだけでなく、出かけてもいる。

 もちろん茜音の過去の話はオフレコだったけれど、彼女のことを決して特別視しない二人が茜音は大好きで、とても1年前には人見知りで満足に会話もできなかったとは思えないほどの成長を遂げていた。