「それじゃ行って来ます、お父さんお母さん」

「気をつけるんだぞ」

「危ないことはしないようにね」

「うん、これが最後だから」

 茜音は両親に答えて、玄関を出た。

 何度となく同じシチュエーションでこの扉を開けたはずなのだが、今回ばかりはいつもとは明らかに違うと思った。

 これが探索のための最後の出発になる。次にドアを開けるときには、それがなんであれ、自分なりの答えを出してこなければならない。そのために長期戦も覚悟だから荷物もいつもより大きい。

 夏至を過ぎて朝が早くなっている。そんな夜が明けたばかりの道を駅に向かう。

 この道を次に歩くときはどんな気持ちなのだろうと考えながら歩いていき、駅に到着する。

「遅いわよ茜音」

「ふえぇ?」

 駅の改札には、見慣れたいつもの二人が仁王立ちで待っていた。

「早いから一人で行くって言ったのにぃ……」

「ばーか、茜音一人で旅立たせるわけにはいかないでしょうが。全部一緒に行くとは言わないから。羽田まで荷物持ちさせてもらうわ」

 そう言いながら、茜音のキャリーケースを取り上げてしまう菜都実。

「そゆことだから。こんな早い時間を組んだのも私だし。見送りくらいはさせてちょうだい」

「ありがとぉ」

 ここは素直に受け入れた。ここまで自分の無謀とも言える計画に賛同してくれるものが現れるとは、正直なところ茜音自身も以前は想像すらしていなかった。

 春先の京都調査で菜都実にも話したとおり、二人がいなければここまで自分もできたかどうか分からない。

「志望校、二人は決めたのぉ?」

 電車の中、少し話題を逸らしたくて、茜音は二人に尋ねた。

「まだ。今日から暇な時に考えるかなって感じ?」

「でも、佳織はどこでも平気でしょうが。あたしなんかホントどんだけ考えても答えなんか出やしない。ま、夏休みに出ればいいかなぁって感じ? 茜音はどうなのよ?」

 菜都実が逆に聞き返した。

「具体的にどうするかはまだ全然決められないんだけどねぇ。将来はなんとなく見えてきたかなぁ」

「ほぉ? 健君の嫁さんで決定じゃないんか?」

 茜音は常々、彼のそばに将来は行きたいと言っていたが、どうもそれだけではないらしい。

「それは個人的な目標で……。最初はやっぱり働かなくちゃと思ってて。学校か、施設の先生になろうと思ってるんだぁ」

「施設の先生か。茜音らしいって言えばそうだけど、どうして?」

 佳織はうなる。

「やっぱりねぇ、いろんな理由で傷ついちゃった子供たちと向かい合っていく大変なお仕事だってのは分かってるよぉ。でも、やっぱり、わたしはそこで育ったし、そこにいるみんなになにが必要かって分かってる。そこにまた入っていって、一人でも元気にしてあげるのが私の役目かなぁって思ってねぇ」

「そっか」

 単純といえば単純な動機かもしれない。一方でそれ以上にない選択かもしれなかった。

 また同時にその言葉が佳織の中に残ったのも、彼女の大きな転換点となることに誰も気づいていない。


 毎回の長期休暇の最後の方に、福祉の課外実習があり、学校側で用意した複数の施設や作業現場などに生徒は参加しなければいけないことになっている。

 この夏休み、学校から提示された選択肢の中で、茜音は迷うことなく児童福祉施設の手伝いを自ら申し出た。それを決めたときには彼女は自分のビジョンについてすでに考えていたのかもしれない。