「どんなに仲がよくても、ボタンの掛け違えは起こるよ。でも、和樹くんが迎えにきたってことは、わたしが心配することもなかったんだね」
どんなに虚勢を張ったところで、茜音には見透かされてしまう。
千夏だけでなく和樹も茜音とは初見ではない。二人ともそれは分かっているようだ。
「それにしてもひどいよぉ……。そんな大事なこともっと早く話してくれればよかったのに……」
千夏の言うことももっともで、ちゃんと話してくれれば彼女もここまでの騒ぎを起こすことはなかっただろう。
「まだ確定していないから話せなかったんだとさ。それで、今日の速報として、少なくとも春までは引っ越さないことが決まったそうだ。弟が中学3年の受験の時期に引っ越してなんかいられないってことらしくてな。春になれば高校も確定するだろうし、でも今度は香澄が受験生ってことで……。その後のことはまたそのときに決めるって言ってた。これを千夏に伝えてくれって」
「そうなんだ……。またバラバラになっちゃうね……」
それでも寂しそうに言う千夏。香澄は同級生でも古くからの千夏の味方であり、一緒に苦楽をともにしてきた仲だ。
「千夏に悪かったって言ってくれって。高知の方には香澄も来てるからさ」
「へ? そうなん?」
今日のスケジュールは、朝の便で和樹が千夏を羽田空港まで迎えに来て、千夏を連れて帰るという少々ハードなスケジュールだった。
茜音が空港まで見送るのは確定していたのだけど、当初は千夏が一人で帰るはずだった。しかし、突然和樹が上京、千夏を迎えに来るというプランに変更されたのだという。
「方向音痴な千夏だからな。変な飛行機に乗っちゃわないか心配だし……、無理やりにでも連れて帰る必要があったから……」
「え?」
思わず和樹を見上げる。彼はやさしく笑っていた。
「千夏が飛び出してからさ、ほとんど寝れてないんだ……。この間の電話でようやく一晩寝れたけど、結局昨日もだめだった。千夏が近くにいてくれないと、俺、ダメみたいだ……。情けないけどな……」
「ね、千夏ちゃん。心配要らないって言ったでしょ?」
茜音はそれだけ言うと、二人からそっと離れて自販機が並ぶコーナーへと歩いていった。
そんな茜音の後ろ姿を見送りながら、「あーあ」とため息をつく千夏。
「茜音ちゃんはなんでもお見通しだね……。心配かけてごめんなさい……。帰ったらマッサージでも膝枕でもなんでもしてあげる。あそこで和樹の寝顔見るのまたできるから……」
二人が高校に入ってから見つけた息抜きの場所。日曜日など勉強の合間に二人が向かうのは町や四万十川を見下ろす山の斜面。
誰にも邪魔されず、本を読んだりしゃべったり昼寝をしたり、二人きりになれる場所だった。
普段は和樹がいつも千夏の前面に立つということが多いのに、そこでは逆に千夏が彼をリードすることもある。たまたま勉強で疲れていた和樹に千夏が膝枕を貸したところ、二人ともなぜかそれが気に入ってしまった。
それに、千夏は和樹の腕を心配し、悪化させないようにとマッサージも覚えた。そんなことを堂々としてあげられるのもその場所だけだから。
陽射しも春が近づいているのが感じられて、そんな外での時間を過ごすのにぴったりの季節がすぐそこまで来ている。