「千夏ちゃん……、大丈夫……?」

「あ、あれ……? 私……?」

 千夏が気が付くと、目の前には茜音がうちわを持ってゆっくりと顔のあたりを扇いでくれていた。

 浴衣を着せられている部分には首振りにした扇風機で弱い風が当てられている。

「サウナで倒れちゃったんだよ……。しばらく冷ませば大丈夫って。そんで……」

「そっか……。あ、でも、私みんなに見られた……?」

「大丈夫。脱衣所閉めてもらって、着替えに入ったのはわたしと佳織だけだし、そのあとここまで運んだのは菜都実だから……」

「あ、そうなんだ……」

 ほっとため息をつく。非常事態ではどうしようもないのは覚悟していたのに、茜音たちの対応には感謝するしかない。

 あとの電車の中で話を聞いたとき、どちらかといえば、バスタオル1枚だけで休憩室に駆け込んできた茜音の方に二人は焦ったという。

「ありがと……。ごめんなさい……。考えごとしてたら、いつの間にか気絶してたみたい……」

「大丈夫だよ。それよりゴメンね……。もっと早く気づけばよかったのに……」

 誰も悪いわけではない。逆にそれだけ千夏の思いが複雑だということを知らされた出来事に、茜音はこのままなにもせずに千夏を帰すことは出来ないと考えていた。

「もう大丈夫。情けないなぁ……。迷惑かけてばっかり……」

「そんなの気にしない。誰だって悩むし、千夏ちゃんの気持ち分かるから……」

「ありがと……」

 よく冷えたお茶を飲んでいるうちにようやく落ち着いてきたところで、千夏はもとの服に着替えて茜音と外に出た。

「あれ? あとの二人は……?」

 それまでようやく合流したかと思っていた、菜都実と佳織の姿が見えない。

「お土産とか他にも見て回るって言うから先に出発してもらったよぉ。うちらも少しお土産とか見てから出発しようかぁ……」

 きっと、茜音は自分が気にすることを分かっていて、友達である二人に無理を頼んだのではないか。千夏はますます茜音に頭が上がらなくなってしまう。

「それは千夏ちゃんの考えすぎだよ。逆に千夏ちゃんに気を遣わせちゃってゴメンね……」

 海岸線に向かってまっすぐ道を降りていく。茜音が先を歩き、その後を千夏はなにも言わずについてくる。



 海岸が見える道までたどり着くと、茜音は砂浜への階段を降りていった。

「天気が良くてよかったあ」

 茜音は消波ブロックの1つに座る。

「茜音ちゃん……」

「わたし……、最近の和樹君を見たわけじゃないから言い切れないけどね……。本当に和樹君は千夏ちゃんに愛想尽かしちゃったのかなぁ……?」

「だって……」

 千夏としても、最初は違うと思うようにしていたけれど、事態を見守っているうちに耐えきれなくなったという経緯もある。

 同じように、あれだけ穏やかな千夏がこうして飛び出してきてしまったという事実は、やはりそれなりの状況が起きたのだと茜音も考えている。

 ただどうしても腑に落ちなかったのが、千夏をあれだけ想っている和樹が本気で彼女を泣かせるようなことはしない、と言うより出来ないはずだと。

 ちょうどいい機会だから、茜音は二人きりで状況整理をしてみたかった。

「悪いけど、もしよかったら……、もう一回最初から話してくれると嬉しいな……。もちろん辛いならいいけど……」

「うん。茜音ちゃんならいいよ……」

 そんな問いに、茜音ならばと千夏は頷いた。