「あ~~~、あったかぁい……」

 先に浴槽に入っていると、後から千夏が隣に並んで座る。

「お疲れさま。久しぶりのオフロードはきつかった?」

「千夏ちゃんの地元ではあのくらい普通だもんね。今日くらいならまだまだかなぁ……。疲れてるときは、足がガチガチになっちゃうよ」

 お湯の中で伸ばした足をさすってみせる茜音。病気ではないけれど、昔から疲れが溜まった時には、筋肉が硬直し痛くて動けなくなるといった癖がある。

「そうかぁ……。でも、凄いよねぇ……」

 仮にそんなものを抱えていることを知らなくても、初めて会ったときから茜音の細い足を見れば、山奥の悪路を長期間歩き回るには向いていないことぐらい容易に予想はつく。

「この夏まで動けばいいかなぁなんてね……。その後は車椅子になるかもしれないけどぉ」

「まさか?」

「冗談だって。調べてもらったけど、特に骨が折れやすいとか、壊れやすいとかいうのは聞いていないから」

「ならいいけど。茜音ちゃん……、ごめんね……」

「ほぇ?」

 千夏は申し訳なく思っていた。自分は茜音の尽力もあって和樹と進むことが出来ている。一方の親友はまだ一人でゴールに辿り着くことが出来ずにいるのだから……。

「そんなこと気にしないのぉ。そうかぁ……、千夏ちゃんうまく行ってたんだもんねぇ。なんか夏に会ったときより大人っぽくなったみたいね……」

「そかな?」

 隣に座る千夏は半年前に見た時よりも、数段大人びたように見える。

「ごまかされないぞぉ~。プロポーションよくなってるでしょぉ? やっぱ彼が出来ると幼児体型って訳にはいかないかなぁ……」

 水面の下に隠れているとは言え、滞在していた数日間は一緒のベッドで寝ていたこともある。数ヶ月前に比べ、明らかに出るべき所は成長しているのは脱衣所で服を脱いだときから一目見れば分かる。

「でもねぇ……。いくら頑張っても香澄には勝てないよ……。もともとが違うから……」

 千夏は視線を下ろして胸元に手を当てる。

「和樹君はなんて言ってくれてるの?」

「うん……、別に張り合う必要はないって言ってくれてるけど……。香澄なんか『小さいのは小さいなりに需要がある』って……」

「ははは、それわたしも菜都実に言われたことあるよ。それって慰めてないよねぇ」

「ほんとにねぇ……」

 思わず笑顔になったが、すぐに思い出したようにまたうつむいてしまった千夏。

「ご、ごめん……。嫌なこと思い出させちゃった……」

「いいよ……。私に魅力がないなら仕方ない……」

 言葉少なくなってしまった千夏から視線を外し、膝を抱えて茜音は考え込んだ。

 成り行きが分かり、きちんと彼女の自宅に連絡は付けてあるとはいえ、自分に救いを求めてきた千夏に大したフォローもせず連れ回してしまった。

 本当なら千夏はもっと自分とじっくり話したかったのではないだろうか……。

 彼女をいつどうやって高知に帰すかはまだ決めていない。

 帰りたいと言えばいつでも手配できる準備にはしてあるが、その前に千夏の気持ちをきちんと聞いておく必要は絶対にある。

 自分がなにも分からない土地にいきなり飛び込んだときに、人見知りという恐怖感がありながらも精一杯もてなしてくれた千夏には何かの形で恩返しが必要だと考えていたからだ。


 どれくらいの時間が過ぎたのか、いつの間にか、横にいたはずの千夏の姿が見えないことに気づく。

「あれ……?」

 脱衣所に戻ったのかと思って見てみても、千夏が脱衣かごを置いたところには中身が入ってるのが見える。

「外が見えるほうに行っちゃったのかなぁ……」

 露天風呂になっていない方でも、隅の一角に天井が開放されている区画があり、そこなら露天気分は味わうことが出来る。茜音がのぞいて見ても千夏の姿は見えない。仕方なく戻るとすぐ隣がサウナだ。

「千夏ちゃん……?」

 ドアを開けてみると、室温よりも湿度重視のタイプだ。表からはすぐに見えない端のほうに千夏が座っているのが見えた。

「ずいぶん長く入ってるよぉ?」

 手をかけると、千夏はそのまま自分の方に倒れこんでくる。

「ちょ、ちょっと、大丈夫? しっかりしてぇ!!」

 サウナから千夏を抱え出し、とりあえず浴室角の安定したところに座らせる。

「菜都実、佳織! 力貸してぇ!」

 茜音はバスタオルを巻き付けたままの姿で休憩室の二人の元に走った。