駅から線路沿いをしばらく引き返しながら、線路は山の中に消えていく。しかし茜音はその山に入る口を見つけると、ずんずんと進んでいく。
「足下気を付けてね」
「うん」
幼い頃から周囲の自然が遊び場所で、このくらいの山を歩き回ったとしても体力に不安はあまりない千夏でも、多少道が悪い場所もすいすい進んでいく茜音には感心するしかなかった。
突然、前方の木々が無くなり、小さな川が流れる沢になっている。
こんなところに出てしまって、どうするのかと思った千夏の目の前で、茜音はその沢へ降りる急斜面を下り始めた。
「すごいなぁ……」
思わず口に出てしまう。そもそも今日の茜音の恰好はと言えば、茶色い地にタータンチェックが入ったワンピースと布製のカジュアルスニーカーで、とても山歩きをするような装いではない。
そんな茜音は千夏が下りてこられないことに気付くと、そこで待っているようにとゼスチャーで知らせてきた。
周囲を見回すと、近くに人家らしき存在はほとんど見られない。もしこんなところで怪我でもしたら大変だ。
しかし、そんな心配をよそに、茜音はあっさりとまた急斜面を戻ってきた。
「大丈夫だった……?」
「うん、このくらい平気。さて、みんなの所に戻りますかぁ?」
特に興奮した様子もなく、元来た道を歩きだした二人。
しかし、行きに比べると足取りが重い茜音に気づいた千夏。
「違った……?」
「ほえ? うん……、まぁね……。あんまり期待はしてなかったしね……。こんな潮の香りはしていなかったからなぁ。これで海沿いじゃないってことは分かったかな」
期待はしていなかったと言っているけれど、自分で現地に乗り込むというのは、茜音が多少なりとも可能性を見いだしたという証拠でもある。全く落胆しないということではないはず。
帰りの熱海への列車の中でも、口数は少なかった。半年前の夏に会ったときには候補が外れた時でももう少し明るく振る舞っていたことを思い出すと、千夏の方が心配になってしまう。
約1時間後、熱海駅に降り立った二人は、先に菜都実と佳織が向かった温泉を目指すことにした。
「佳織がさぁ……、温泉巡りにはまったらしくてねぇ……。しかも隠れたところを探し出してくるもんだから……」
幸い、日はまだ高く乾燥した秋晴れ。散歩がてらに歩くにはちょうどいい季候で、二人は途中の土産屋などを覗きながら歩いていった。
その場所は表通りから少し離れた坂の上にある。昔からの由緒ある熱海の温泉浴場で、佳織が以前一人で温泉地巡りをしたときに見付けておいたイチおしだという。
受付で料金を払い、畳が敷いてある休憩室を横目で見たとき、見覚えのある顔が横になっているのが見えた。
「ほえぇ~、なに寝そべってんのぉ……」
「あ、お帰り茜音……。このおばかさんのぼせちゃってさぁ……。また後で入りに行くから先行ってて」
菜都実の顔をうちわであおいでいる佳織。
「すまんっちゃぁ……。目が回ってよぉ……。また後で行くっすー」
確か、何度か温泉施設には一緒に行っているけれど、菜都実はそれほど長風呂ではなかったはずだと思い出す。
「はぁ……。まぁいいや、千夏ちゃん行こ」
休憩室の二人を置いて脱衣所へと進んだ。
「あれ……、今日は露天のお風呂は使えないのかぁ……」
事前に佳織に教わっていた情報ならば、日替わりで男女が入れ替わるので、運が良ければ露天風呂になるとのことだったけれど、残念ながら今日は男性側に設定されているようだ。
他のリゾート温泉などとは違い、これと言って楽しむアトラクションなどは設置されていない。その分静かな雰囲気が良かった。