熱海に到着すると、熱海の観光をするという二人と別れて、そこから先のJR伊東線と伊豆急下田までの区間を見てくるという二手に分かれることになっている。
「千夏ちゃんはどっちでもいいよぉ。こっちに行っても遊びに行くわけじゃないから、面白くないかもしれないし……」
隣のホームにいる下田への直通列車へ乗り換えるとき、茜音は尋ねる。
「ううん、茜音ちゃんと一緒に行く」
悩む様子もなく、千夏は即答した。
「そんじゃ、あとで温泉で合流ね」
「ほ~い。出発するときにでもメールするねぇ」
熱海下車組を見送り、列車を乗り換えて窓際の席に陣取る。
「いいの? こっちに来ちゃって……?」
勝手に一緒に来ることを決めてしまったとは言え、茜音の地味な作業は同行してくれても期待するほど楽しいものではない。千夏もそれは知っているはずなのに……。
「うん。茜音ちゃん大変なの分かってるし……。一人じゃ寂しいでしょ」
「まぁ……、もう……、慣れたけどねぇ……」
千夏に言われた一言が、茜音に突き刺さった。
これまでもあちこちに出かけ、菜都実たちとの三人で出かけることも多いのだが、土日などの短時間の調査は茜音が一人で出かけている。
本来、二人と同年代の女の子であれば、休日は1週間の疲れを取る時間であり、友達と遊んだり買い物に出かけたりできる楽しい時間であるはずだ。
各地での出会いもあり、景色を楽しんだりと収穫もたくさんあるけれど、肝心の情報を得ることは出来ず、ハードなスケジュールの連続は、さすがの茜音にも疲れが溜まってきていた。
同時に、この旅を続けていて、本当に目的の場所を見つけ出すことが出来るのか。ターゲットを消化していくうちに、茜音の中に少しずつ自信を持てなくなりつつあった。
「茜音ちゃん、夏に会ったときより疲れた顔してる……。気持ちは分かるけど……」
向かい正面に座った千夏は、まっすぐに茜音を見ている。
「千夏ちゃんの言うとおりだよ……。なんか肩の荷がどんどん重くなっていくようで……」
そこまで言ったとき、茜音は突然席を立ち上がった。
「次の駅で降りるね。本当は下田まで行く必要は無かったんだけど……」
二人が話しこんでいる間に列車はいつの間にか伊東を過ぎ、伊豆急行に入っている。二人は山間の小さな駅に降り立った。海岸までは少し距離があり、駅の周囲は森が取り囲み、近くには小さな集落が見えている。
駅からの階段を降り、来た方向に戻り始めたところで、また茜音は話し始めた。
「千夏ちゃんが来てくれて、嬉しかったよ……。寂しくないって言えば嘘になるし、でも、誰にもそんなこと言えないしね……」
茜音はまっすぐ前を向いて歩を進めている。
SNSをはじめとして、表面上のそんな姿を見ただけでは、今のような弱音を吐くようにはとてもみえない。
しかし、千夏は違う。偶然だったとはいえ、茜音が年に一度だけ、1年分の寂しさや悲しさを集めて泣く日を知っているし、茜音も彼女にそれを伝えた特別な存在だ。
そうでなくても茜音の本来の姿を知る者であれば、こんな長期間寂しい思いを抱きながら一人旅を続けること自体がだんだん心を蝕んでいくのは無理もないことなのだから……。