部屋に一人残された千夏が、茜音の選んでくれた服を手に取ってみると、千夏の趣味に合わせた物を選んでくれたようだ。下着も確かにタグが付いたままの新品で、ハサミを用意してくれたのも嘘じゃない。

 サイズ的にもほぼ問題はないとわかり、ようやく制服を脱いで着替えることにした。

「お待たせしました……」

 茜音の服に着替えた千夏が部屋を出ると、家の中にいい匂いが漂っていた。

「わたしもお腹すいたぁ。食べよぉ」

 テーブルには焼き魚や卵焼きなどのの和食が並んでいる。

「ごめんねぇ。急だったから洋食に出来なくて」

「どっちでも大丈夫。突然なのに気を使わないでください」

 昨日の夜は一応食べたとはいえ、緊張の中では空腹をごまかした程度に過ぎなかったから。

 地元を飛び出してから、暖かい食事が出来るとは当初思ってもいなかったことだ。

「あの……」

 一通り皿を空けて一息ついたところで、千夏は二人へと視線を投げかけた。

「大変だったわねぇ。もう落ち着いたかしら?」

 茜音の母親がお皿を片付けながらサラっと聞いてくる。

「はい……」

「大丈夫。実はね……、ちゃんとご両親には連絡が付いてるんだよ……」

「え?」

 千夏は呆気にとられて茜音を見た。

「昨日の夜にね、お兄さんから電話がかかってきてね。千夏ちゃんが向かっているかも知れないって」

「そうなんだ……。なんか言ってた?」

「ううん、とにかく連絡があったら教えて欲しいって」

「それであんな遅い時間だったのにすぐに出てくれたの……」

 千夏は昨晩かけた茜音への電話を思い出す。

 通話履歴から見ても、あの電話をかけたのは日が変わる頃だった。それなのに、茜音はすぐに電話に出てくれた。

「それであの後ね、お母さんたちも起きていたんで、事情を話したらお父さんが千夏ちゃんのお家にかけてくれて、千夏ちゃんのことを預かりますって話してくれたんだよ……」

「そんな……。私、迷惑かけてばっかり……」

 千夏は下を向いた。

「大丈夫。うちは、わたしがいるからねぇ、そのくらいじゃ驚かないよぉ。それで、ちゃんとわたしからも伝えたの。千夏ちゃんが帰るまで一緒にいるって。だからもう千夏ちゃんは旅行中ってみんな安心してるよ。それで今日の学校さぼりも公認だし」

 茜音は笑った。

 夜中につながるようになったスマホに着信履歴がなかった謎もこれで解ける。

 結局、今回の騒ぎは茜音の家族が全面的なバックアップをすると約束したことで千夏本人の知らぬ間に収まっていたのだと。

 千夏には茜音が全国を飛び回ることにどうしてこれだけ理解が得られているのかが分かった気がした。

 『無茶』をしているようで、決して『無謀』なことはしていない。行動などもきちんとオープンにしているので、大人を心配させていない。

 それに比べれば自分の行動は軽はずみだった。茜音の協力がなければ、きっと警察沙汰になって、周りに迷惑をかけることになったはずだ。

「ありがとう……」

「午後は菜都実と佳織に会うから一緒に来てね。あと、明日は予定空いてる?」

「う、うん……」

 深いことを考えずに飛び出してきてしまった千夏に予定などあるわけがない。

 やはりなかなか熟睡が出来なかった長旅のせいで、疲れが出てきた千夏はその日の午前中、茜音のベッドでようやくゆっくりと休むことができた。