片岡茜音は数奇な運命に翻弄されてきた。
その証拠とも言える、彼女の名乗る片岡というのが彼女の本来の姓ではないことは戸籍を見ると分かる。
片岡の姓を名乗るようになったのは、小学校2年生の時からだ。
もともとは佐々木家の長女として生を受けた彼女は、幼い頃から両親の愛情をたっぷり注ぎ込まれながらもきちんとしつけられ、幼稚園に入る頃には有名私立幼稚園のお受験も十分にクリアできるほどだったという。そんな受験などは一切せず、近所の幼稚園で友達と遊んでいた。
しかし、突然の事故が彼女のその後を大きく変えてしまった。
そんな状況の彼女を養女としてを引き取ったのが、今の両親である片岡夫妻だ。
二人の献身的な努力によって、茜音も少しずつ心を開き始め、家庭では回復を見せたなか、最後まで手こずったのが学校生活である。
小学校時代、施設から通っていたことは他の子供たちにも分かっていたし、そもそも心に傷を負った状態の茜音の状態はいじめの対象になりやすかった。
新しい家族の一員となり、この街にやってきて小学校に転入してからも、やはりどことなく儚げで同年代より下に見られてしまう。また生まれ持った元来のおとなしい性格が災いし、ここでも居心地の悪さは続いた。
中学になって収まることを期待したが、逆に環境は悪化の一途をたどる。登校拒否になり、進学僅か1ヶ月で私立の学校への転校を余儀なくされた。新しい環境でも孤独は続いたけれど、それ以上両親に迷惑をかけることもできないと、3年間を耐え抜いたというのが、彼女が口にしたこれまでの大まかな軌跡。
「茜音……、苦労したんだね……」
「あんな性格だから、仕方ないかもしれないなぁ」
茜音の家を出てから、菜都実の家でもある喫茶店ウィンディで一息をついた二人。
「でも、茜音が話してくれたおかげで、謎が解けたかな」
「そう?」
佳織はアイスティーの氷をカラカラ言わせながら頷いた。彼女は受験の時から茜音の行動を謎だと言っていたのだから。
「だって、茜音の中学って市内だから、それなりに受験生も多かったんだよ。みんな友達同士で固まっていたのに、茜音だけ朝から帰りまでずっと一人だったんだよね。合格発表だってそう。おかしいなって思ってたんだよね。それにいつも何となく寂しそうだったし」
「そっかぁ。味方に恵まれなかったってことか」
「女子って意外に残酷なところあるし」
「どうした、なんか気になることでもあったのかい?」
二人が話し込んでいるところへ、この喫茶店のマスターでもある菜都実の父親がスナックを運んでくる。
「まぁね。新しくできた友達なんだけどさ」
「かわいいんだけど、どっか抜けてて、見ていられないって言うか。実際なんか寂しそうって言うか……」
「また佳織ちゃんの世話好きが反応したんだな?」
「そんなところですかねぇ。でも今度こそ大当たりだったかも」
佳織はポテトチップをかじりながらうなずいた。
「親しい友達もいない。あれ聞いちゃうと学校で元気にしているところを見たらちょっと痛々しく見えちゃう」
「本当の性格は理想的なのにねぇ。なんでそんなに孤立しちゃったんだろう」
二人は首をかしげる。
「まぁ、その辺は少しずつ。話したくなったら話してもらえばいいか……」
「もしその子がよければ、今度連れておいでよ。佳織ちゃんみたいに居心地が良ければ学校以外の居場所になるかもしれないし」
マスターの提案の前から、二人は茜音を連れてこようと考えていた。
マスターも年頃の娘を持った親だ。学校と家や塾といった学生としてあるべきものとは別に、好きな居場所を持っていていいというポリシーの持ち主であるから、この店、ウィンディーを集合場所としてもらうのに嫌な顔はしない。
そんな親をもつ奈都実だけでなく、佳織も学校では話すことができない話題を扱う時は、放課後にウィンディーに集合というのがお約束になっている。
茜音の話題などはまさにそんな学校で聞かれたくないであろう話題そのものだと感じた。
「そうだなぁ。さて、夜の準備すっかぁ」
菜都実が立ち上がり、新しいメンバーの話はそこで打ち切りになった。