「千夏、帰ってないんですか?」
夜、昼間の一件をどう千夏に説明すればいいかと和樹が頭をひねっていると、母親が入ってきた。
夜になっても千夏が一度も学校から帰ってこないし、連絡もないと。
それどころか持っているはずのスマートフォンに連絡をしようにもつながらない。何か心当たりがないかと彼女の家から連絡が入ったというのだ。
学校での一件の後はいつもの待ち合わせ場所を含めて何カ所かを回っても姿を見ていなかったのけれど、こんな暗闇の中に自分の恋人が一人でいるかと思うと、いてもたってもいられない。
「千夏んちに行ってくる!」
すぐに家を飛び出し、夜の道を急いだ。
見慣れた家に飛び込むと、すでに心当たりがありそうなメンバーへの連絡は終わっていたようで、和樹の登場は逆に「そこでもなかったか」という落胆の空気が強く感じられた。
まだ学校への連絡や警察沙汰にはしていないらしく、千夏の家族だけが居間で心配そうに集まっているだけだ。
「今日の午後から見ていないんだね?」
千夏の兄の雅春に尋ねられて、和樹はうなずく。
「そうか……。それじゃどっかに行ったとしたら、かなり遠くまでいけるのか……」
雅春はうなった。
「なんか、手がかりはあるんですか?」
「千夏の自転車が江川崎の駅に置いてあった。となると駅からどこかに行ったと思うほうが自然なんだけど、千夏は家出が出来るような度胸のある子じゃない。しかも一人でなにも持たずにだ。どこかに行くあてがあってそこに行ったとしか考えられない。ただ、何も言わずに突然行くには理由がないんだよな……。昔、二人で足摺まで行ったときみたいに?」
千夏の無断遠出というのは今回が初めてではない。中学3年生のときに、やはり和樹と二人で早朝から二人だけで足摺岬まで出かけていたという前科がある。しかし今回のように一人きりでどこかに消えてしまうということはなかった。
だからこそ、今回も和樹と二人で出かけているだけだとの希望があったのに。
「原因はきっと俺のせいです……。俺が千夏のこと放っておいたから……」
和樹はつぶやく。家族がみな自分のほうを向いたので、仕方なくここ数週間のことを話し始めた。
今日の午後、行方不明になる直前のことを話し終えたとき、雅春は大きくため息をついた。
「なるほど……。あれもとんだ早とちりだな……。しかし、千夏も年頃だ。それならばどこかに行ってしまいたいと考えるなんてこともあり得るだろう……。まったく、心配させるやつだな……」
事情が見えてくれば、千夏の失踪にも理由がつく。
「ただ問題は、こんな冬場にどこに行くかだ。千夏の性格からして、野宿をしているとは考えにくい。ただでさえ制服姿だ。あてもなくフラフラしてれば駅員や警察に話を聞かれていてもおかしくないのに、その連絡もないと……」
この事態を一番冷静に分析しているのは妹の性格を知り尽くした兄のようだ。
「行くとしたら……、東京ですか……?」
ぼそりと呟いた和樹に再び視線が集まる。
「千夏が地元を離れて、駆け込める場所なんかそうそうあるわけありません。となると、今年の夏に来た茜音ちゃんとこが一番可能性が高いんです。よく連絡を取っている話もしていましたし」
「確か茜音ちゃんは横須賀だったな? この時間なら飛行機はもう終わってる。緊急事態だと思えば、あの茜音ちゃんが何も連絡してこないというのはおかしい。そうなると新幹線か夜行か……」
時計はすでに夜10時半を回っている。高知から東京への飛行機の最終便は7時前。到着が8時だとすれば、何らかの連絡があってもいい。それがないとすればまだ移動中だと考えるほうが自然だ。
「とりあえず、一番可能性の高い茜音ちゃんに連絡してみましょう。明日から学校はしばらく休みだし」
「そうだな。明日から学校は休みだったよな? 明日いっぱい待ってみて、何も手がかりもなければそこで警察だな……」
一同はそこで大きくため息をついた。