千夏の中に違和感を覚え始めたのは先月くらいからだった。
まず、和樹の態度が少し自分との距離を置いたように感じられた。表面上は以前と変わらない。登下校も一緒にするし、放課後の勉強も、休日のデートもこれまでと同じ。でも、何かが変わったように感じた。千夏はそこに大きく気持ちを割くことはなかった。それは結果を知ることによっては自分を悲しませてしまうことにもなりかねないから……。
しかし、そんな状況で過ごしていれば、些細なことでも気持ちが大きく揺らぐきっかけになってしまう。
他の高校よりも少し遅め、地域の新年祭や学校見学会と合同で行われる学校祭。受験を考慮するため、3年生は有志のみの参加となるので、実質千夏たち2年生が中心となる。
千夏はその実行委員に選ばれることは無かったのだけど、和樹はなぜかそこに入ってしまった。
結局、その期間は登下校も一緒に出来なくなることも多くなっても、千夏はその気持ちを抑えることにしていた。学校祭は地区と合同で行われる新春の楽しみでもある。その実行委員を務める和樹を自分の感情だけで引き止めることは出来ないと。
しかし、そんな千夏にも我慢の限界というものもある。その最初のきっかけは、偶然見かけてしまったある光景からだった。
千夏が学校帰りの買い物を済ませ、家に帰ろうとした時、和樹と香澄が楽しそうに話しながら店を回っているところだった。なにも悪いことをしているわけではない。それでもとっさに千夏は身を隠し、その様子を見ていた。どうも自分のときより二人の会話が弾んでいるように彼女には見えてしまった。
それでも、二人でいるときの和樹の態度には変化はなく、彼女もこの期間だからということで気にかけないようにはしていたものの、その1回だけではなく、期間中何度か同様のことがあった。それどころか、香澄とのツーショットがあちこちで目撃されてくると、千夏にも和樹との関係が終わったのかと聞いてくる者まで現れた。
そこまで来ると、いくら我慢強い千夏とはいえ心中穏やかではいられない。
もちろん、毎年楽しみにしている、その年の学校祭も、期間中の委員は基本的に運営側にいるため、和樹もフリーの千夏と一緒にいられる時間というのはほぼなく、結果的に千夏はクラス出店の担当日以外は家にいた。
そんなことが積み重なり、ついに千夏が堪えきれなくなる時がやってくる。
学年末試験も終わり、自己採点でもなんとか目標値を達成できた千夏は、一緒に帰ろうと和樹を捜したが、どこにも見あたらない。
仕方なく一人で教室を出ようとしたとき、外から帰ってきたクラスメイトに呼び止められると、小さい声で耳打ちされた。
「和樹と香澄が校舎裏で妙な雰囲気だった」
これを聞いて、気にならないわけがない。足早に昇降口を出て校舎裏に回ってみる。
「いたぁ……」
本当は堂々と話かけていけばいいのだけれど、確かに空気はそんな明るいものではなさそうだ。
気づかれないように校舎のくぼみに身を隠し、しばし様子を見守ることにする。こんな事をしていることに、良心の呵責はある。それ以上にその場を素通りできないような雰囲気があった。
二人の話す声が小さいのと、その場所から離れていることで、内容までは聞こえない。
「あっ!」
思わず小さな声が出る。
千夏の視線の先で、香澄は普段見せたことのないような泣き顔になり、それを和樹が受けとめる。なにも知らなければ、二人がただならぬ関係だと思われても不思議ではないだろう。
『ドサッ……』
思いがけない音に二人がハッと振り向く。完全に我を忘れてその場にしゃがみ込んだ千夏の肩から落ちた鞄がたてた音だった。
「千夏! 違うんだぞ」
まだ動けないでいる香澄をその場に残し、和樹は千夏の元に駆け寄ろうとした。
「来ないでぇっ!!」
何とか立ち上がった千夏は、鞄を拾い上げると、大きな声で叫んだ。
「もう、もう……、和樹なんて知らないっ!!! バカぁっ!!!」
何か後ろで叫んでいる和樹の声は耳に入らなかった。
その後は何も考えることは出来なかった。一度も後ろを振り返ることなく、千夏は学校を逃げるように飛び出した。
「千夏……」
残された二人が呆然としているところに、どこから現れたのか、クラスのメンバーが数人二人を囲んだ。
「ちょっと、どういうこと? 千夏泣きながら出ていったわよ?」
「ちょっとあからさますぎたんじゃない? 千夏の気持ちも考えずに」
「はぁ?」
それぞれ浴びせられる非難の言葉に、和樹は逆に訳が分からないような顔をした。
「何考えてんだおまえら……?」
「しゃーないわね、あたしから話すわ」
香澄はため息を付いて口を開いた。