順調かと思えるような二人の交際だったけれど、その一方で、二人の間では解決できない千夏を悩ませることが出来てしまった。

 千夏の一番の親友であり、理解者でもある香澄のことだ。

「うー、関係が複雑だもんなぁ」

 まだ別の話題で言い合いをしている後ろをちらりと見やり、ため息をつく。

 そもそも千夏と和樹の出会いは小学校の入学前までさかのぼるような古いもの。しかし学校に入ると和樹は千夏と距離を置くようになってしまい、しばしば千夏をからかうような場面さえあった。

 全てがさらけ出された今となっては、和樹の照れ隠しだったことも分かって「あの頃の悩みは何だったの?」というものとして千夏の中では消化されている。

 当時はそんなことを考えられる余裕も知識もなく、すっかり和樹に嫌われてしまったと落ち込んでいた千夏の前に転校してきたのが香澄である。

 香澄は千夏から事情を聞くと和樹からの防波堤どころか反撃に乗りだし、結果的に千夏への風向きは穏やかになったのだけど、このときから千夏と和樹の幼なじみ・千夏と香澄の親友・香澄の和樹見張り役という3つの関係が成り立つようになり、当時は安定したバランスを保つために悪い事ではないと三人とも納得はしていた。

 しかし時間が経ち、環境が変わってくると、そのままの関係性が保てるとも限らない。

『香澄って、まだ和樹のこと狙ってるのかなぁ……』

 そんな思いが千夏の頭の中をよぎってしまう……。

「そんなこと無いよね……」

「なにが無いんだ?」

「うわぁ」

 自転車置き場から教室へと向かう廊下。独り言で呟いたところに、いつの間にか横に来ていた和樹に声を掛けられる。

「なにびっくりしてるんだよ……」

「だってぇ、急に出てくるから……」

 まさかそのまま話すわけにも行かず、とっさにごまかした。

「もう喧嘩は終わったわけ?」

「最初からしてないだろ?」

「うー。着いちゃった……」

 教室に到着したのはホームルーム開始直前。遅刻にはならなかったのはよかったけれど、登校の時間に何も話せなかったことにちょっぴり不満も残る。


 定期試験も近いので、授業時間はそれなりに集中しなければと理解していても、そんな気分にはなれずに1日が終わってしまう。

「困ったなぁ……」

 和樹からの帰りが少し遅くなるとの連絡で、千夏はいつもの図書室ではなく、学校のそばの河原に座っていた。

 彼女のお気に入りの場所であり、どちらかの帰りを待つときに一番よく使う場所。特に何かがある場所ではない。それでも待ち合わせはここと決まっている。

「千夏お待たせ」

「あ、おかえり」

「悪い。暗くなっちゃうな……」

 自転車を立ててある土手の上の道に戻る。二人で暗くなってきた道を家の方にゆっくり進んだ。

「千夏、次のテスト大丈夫か?」

「なんで?」

「だって、今日だって元気なかったように見えるし。なんかあったのかなって思ってさ」

 まさか読まれている? 一瞬ヒヤッとした千夏。

「なんでもない……。アレが来てるから気になってるわけで……」

「そうか。毎月大変だなぁ」

「うん、私結構重いから……」

 彼は自転車の速度をさらに遅くしてくれる。

「今度の学年末さぁ、キープできそうか?」

「たぶん大丈夫だとは思うけど……」

 付き合うようになってもうすぐ半年が経つ。その間にたくさんデートもしたし、その分二人で時間を作っては一緒に勉強もこなした。

 誰も文句のつけようがない理由付きで一緒にいられるわけだから、二人とも勉強時間も一種のデート感覚ではあったのかもしれない。

「だったらいいけどさぁ……」

 その原因の一部は和樹にあるんだよと言いたいところだが、本当にそうなのか確信が持てないために口に出すことはできない。

 1月も終わりに近づき、冬至に比べれば日は長くなっているけれど、山間の日没は平地より早い。二人が走っているような道は車もほとんど来ない代わりに、街灯も少ないから、前に集中しなければならない。

「ねぇ和樹……」

「なに?」

 少し遠慮がちに口を開いた。

「和樹は私のこと好き……だよねぇ……?」

「なに言ってんだよ。決まってんじゃないか」

 突然の意外な質問に、彼の方が驚いた声を出した。

「そうだよねぇ……」

「どうした? 不満でもできたか?」

「ううん。そんなことは全然ない!」

「そんなことで悩んでるんだったら、心配無用だぞ?」

「そうだよね……」

「おい、どこまで行く?」

「へ? あー、着いちゃった……」

 一緒に帰るときはいつも千夏の家まで送ってくれることになっている。前を見てはいたのに、どこまで進んでいたのか考えるのを置き去りにしていたらしい。

「そんじゃ、また明日な」

「うん、気を付けて帰ってね」

 彼が見えなくなるまで見送るのは千夏が自分で決めたこと。その日も自転車のライトが見えなくなるまで庭先で見送っていた。