「今日は、泣き虫でもいいと思うよ。わたしもこうやってもらったからぁ……」
「なんかさぁ、むかぁし、母さんにやってもらったみたいだわぁ……」
「そう?」
「うちって、父さんが由香利が退院したときに、少しでも景色とかいい環境にってんで、あの場所に家を作って店を出したのよ。でも、由香利は病院を転々とする生活でね。母さんはいつも由香利に付きっ切りだったんだ。それは仕方ないってあたしも理解してた。それでもどうしたって我慢できなくなるときもあってさぁ。あたしたち姉妹は結局両親に最後まで迷惑ばっかりかけてんだなぁって思う。年が離れているならまだいいけど、双子だったからね。余計だわさ」
「そっか、ウィンディの場所はそう決まったんだね」
茜音はうなずいた。片手でショートカットの髪をなでながら、もう片手の人差し指で頬に残っていた涙の跡を拭う。
「菜都実もそうだよぉ。我慢する必要はないんだからねぇ」
「さんきゅ、茜音。もうしばらくこのままでいいかな?」
「うん、疲れたでしょぉ。ごめんね。一人にしちゃって……」
ところが、ふと思い出したように、菜都実が跳ね起きる。
「そうだ、こんなことしている場合じゃなかった。茜音に渡したいものがあったんだ」
「うん? なんかお願いしてた?」
菜都実がリュックの中から、コンビニの袋を取り出して渡してきたものを受け取って中身を取り出してみる。
「菜都実……、どうしてこれを……」
袋から出てきたのは、どこにでも売っている菓子パン。でも、茜音の顔はつい数分前と逆転している。
「昨日の夜中、茜音の寝言を初めて聞いてさ。『ママ、ホットケーキ作って』って。本当なら、美味しいお店も探せればよかったんだけど、時間なくて。そんなもんで許して」
「もお、それで探してくれたの?」
袋を開けて、メープルシロップとマーガリンが挟んであるパンケーキを手に取って、口に運ぶ。
「ありがとう……。あまぁい」
「茜音だって、作る気になれば楽勝でしょ?」
前からの料理の腕に加えて、自分の服まで作れるようになった茜音の家庭科の成績は説明するまでもない。
「それがねぇ……、なかなか難しいんだよ。今度お店で作ってみるから、食べて感想聞かせてくれる?」
「茜音の裏メニューに新しいのが加わりそうだわな」
二人ともすでに寝間着姿なので、菜都実に割り当てたベッドの上掛けをはずして菜都実を先に寝せると、茜音はその横に入り込んだ。
菜都実はごそごそとその茜音の胸元に顔をうずめる。
「ごめんねぇ、菜都実に比べたらぺたんこだから」
「確かに……」
「はうぅ……、やっぱりぃ」
「そんなんじゃなくってさ……、あったかい、茜音」
「ん? 冷たかったら大変だよ」
「違う違う。なんか、茜音といると安心すんの。きっとそこなんだろうなぁ。いいお母さんになれるよ、きっと」
「あはは。そうだといいなぁ。でもわたし、そんな夢を見ていいのかな……。もしかしたら、神様はずっと一人でいなさいって言っているような気もするんだぁ。それがわたしにはあっているのかもしれない……」
茜音はつぶやく。しかし、菜都実からの答えはなかった。
「疲れたんだねぇ……。明日は帰るだけだからいいかぁ」
抱きつかれている菜都実の腕をそっとはずし、上掛けをもう一度掛け直す。
「明日は寒そうだなぁ」
部屋の明かりをすべて消し、茜音も自分のベッドに潜り込んだ。