「由香利、今日は天気が悪くなるって。それでも行く?」

 前日、病院から戻ってきた由香利は、楽しそうに外出の用意をしながら当然のようにうなずく。

「だって、せっかくの外泊だし? 今日行けなかったら、体調次第で行けなくなっちゃうかもしれないから」

 わずか数日の外泊許可であるし、寒くなる前にと茜音たちと調査に出かけることも多かった休日が続いたから、この日は珍しく完全なオフ日だ。

「わかった。すぐ用意するわ」

 姉妹で買い物に出かけるなんてことも滅多にできないため、地元を離れ、元町やみなとみらい周辺を歩いたあと、横浜駅周辺まで少し足を延ばす。

「菜都実姉ちゃん、ちょっと付き合ってもらっていいかなぁ?」

「ん? どっか行きたいところある?」

 由香利は菜都実の手を引いてデパートの中へ入っていく。普段行くようなカジュアル系のフロアではなく、どちらかといえば婦人向けのフロアで由香利は足を止める。

「やっぱり菜都実姉ちゃんはこっちの方が似合うかな」

 そう言って手に取ったのは、柔らかいカシミアを使ったチャコールグレーのコートだった。

「ちょっと着てみてよ」

 言われるままに菜都実はそれを手に取り、自分のコートと取り替えてみる。由香利の言ったとおり、サイズや雰囲気も自分にぴったりのものだった。

「お姉ちゃんも、こういうの持っていてもいいと思うよ」

「それはいいんだけどさぁ……、あたしの手持ちじゃ買えないわぁ」

 すると、今度は由香利の方がとんでもないと首を振る。

「いいの。これは私がお姉ちゃんへのプレゼントとして買うんだから」

「はい? あたしにそんな気を使わなくていいのよ?」

「大丈夫。菜都実姉ちゃんにはずっとお世話になったし。これからもきっとそうだから、お礼ってことで」

「でもさぁ」

 由香利の気持ちはありがたいし、むげに断ることもできない。

 しかし問題はその値段であって、菜都実が普段の小遣いや貯金で買えるような代物ではない。

 同じようなものは茜音が持ってるのを知っているけれど、普段着ではなく特別な用事用だと言っていた。

「本当はね……、ずっと悩んでた。どうやったらこれまでの分をお返しできるかなって」

 由香利に押し切られ、菜都実はそれを手にフロアを後にした。

 帰りがけ、一休みに立ち寄った喫茶室の席に腰を下ろし、由香利は小さな声で言った。

「お返しなんて、どうだっていいのに……。姉妹なんだよ。それに時間はいっぱいあるのに」

「ううん……」

「え?」

 寂しそうに首を振った由香利にドキッとする。

「お父さんにもお母さんにもまだ言ってない……。もしかしたら先生が話しているかもしれないけど……。もうそんなに時間がないんだって……。一時帰宅も結構無理言って」

「なんでそれを最初に言わないのよ?」

「言ったところで、お姉ちゃんどうにかできた? 逆にオロオロ考えるだけで無駄な時間を過ごしちゃうだけだと思った。だから先生に、『1日分だけ』って強いお薬もらって、今日はそれを使ったの。でも、ちゃんと話してから病院に戻るって決めてたよ。ごめんなさい。酷いこと言っちゃった」

「ごめん……。あたしこそ、由香利の気持ち、もっと知らなくちゃいけなかったのに」

 本当はそれを知らされている妹の方がどんなに辛いはず。体調だって薬を使わなければ、こんな笑顔でいられる状態ではないのだろう。

「ううん。菜都実お姉ちゃん、本当に優しかった。だから、それは今までのお礼。あと……、私がいなくなっても寂しくないように……ね……。受け取って?」

「大切に、使わせてもらうわ……」

 由香利はすでに現実を受け入れているようで、目を潤ませながら微笑んで頷いた。