「それって、去年の夏のことだよね?」

 真弥が茜音の投稿に気づいたのが半年前ということは、ちょうど予定の日を1年後に控え、全国から情報を集めはじめ、最初の候補地に飛んで、河名千夏と一緒に四万十川周辺を走り回っていたころだ。

「そんな状態の真弥ちゃんに暗い話で、よく美弥さんが許してくれたね」

「最初は心配していました。でも、私は伸吾くんが帰ってきてくれたから、そうじゃなかったんですよ。逆に応援したくなって……。お姉ちゃんも分かってくれました。何か役に立ちたいなって思ってて。でも、実際に探すって、私が気軽に言えることじゃないんですよね……。結局何もできません……」

「いいの。真弥ちゃん。その気持ちが一番嬉しい。そう思ってくれる人がいるだけで、頑張らなくちゃって思えるから」

 真弥がしょげ込んでしまったからではなく、それが茜音の本心だ。

「わたしも事故で両親を亡くしてる。だから真弥ちゃんの気持ち分かるよ。それで、わたしも健ちゃんに助けてもらった。もしかすれば健ちゃんには今の生活があるかもしれない。それはそれで責めるつもりはないけど、あの時のお礼ぐらいは言いたい。でも、今どこにいるか分からないから、結局頑張って探すしかないんだよ」

「茜音さん……。いいんですか、そんな謙遜しちゃって……。ちゃんと好きになってもらわなくちゃ」

「ううん、いいの。もし、健ちゃんがあのときと同じ気持ちでいてくれたら、わたしもそのときは答えをもう言えるかなぁ。でも、無理にとは言うつもりないんだ」

「そうなんですかぁ」

 真弥は意外そうな顔を隠せなかった。彼女は後で冷静に考えて、それは茜音が本当に彼のことを第一に思っているからだということに気づいたけれど、そのときは意外性の方が先行してしまった。

「きっとね、大丈夫だと思うよぉ。でも、その前に会うための場所をちゃんと見つけておかなくちゃねぇ」

「茜音さんなら大丈夫ですよ。必ず探し出してくれると思ってます。そのときにはちゃんとお祝いしますから」

「そうだねぇ。そう言ってくれているのは真弥ちゃんだけじゃないから、ちゃんと報告はしなくちゃならないんだよぉ。あと5ヶ月あるからどうにかなると思う……。ほえぇ?」

 突然茜音は空を見上げた。

「あ、雪ですね。帰らないと」

 真弥も空から落ちてきた白いものに気づく。まだ1月。朝の天気予報はあまりよくなかったことを考えれば、逆によくここまで持ったほうだ。

「早く帰ろう。こんなところで閉じこめられたら大変だよぉ」

 まだ落ちてくる雪は、ちらちらの程度だが、これからどうなるか分からないし、間違いなく冷え込んでくる。

 来たときの道を大急ぎで戻る。滑りやすくなった吊り橋を伸吾の両腕を支えながら渡り、JR線の保津峡駅のホームに着いたときには、地面がうっすら白く変わっていた。

「大丈夫ぅ?」

 二人が一緒にいるので、走ることはしない。真弥の体力や伸吾の足元の安全が最優先だ。

 ホームには屋根もないから、列車の到着までは改札の小さな駅舎で待機する。

「はい、これぇ……。みんなバラバラだけどごめんね……」

 この時期は駅前の自販機も毎日補充しているわけではないのだろう。品切れになっていなかったお茶、コーヒー、ミルクティーを買ってきて、先に二人に選んでもらう。

「ありがとうございます。天気予報どおり寒くなりましたね」

 白い息を両手にかけて、肩をすくめる真弥。

「ごめんねぇ。寒いところに長々とつきあってもらっちゃって。伸吾くんは足の方は大丈夫?」

「大丈夫です。雨の中とかでも普通に歩きますから」

「そっかぁ。リハビリは真弥ちゃんとしているんでしょう?」

「病院を退院してからは、放課後と休日がメインです」

 自分が目覚める前から、真弥が献身的に様子を見に来てくれていたことを聞き、彼女にはすっかり頭が上がらないとのこと。

「茜音さん、私たちがついてきて、お邪魔じゃなかったですか?」

 二人は、急に同行者を増やしたことを気がしている様子。

「ううん。全然逆。いつも一人で歩くから寂しくなかったよ」

 暖かい車内の席に座って京都駅を目指す。そこで菜都実と美弥と合流して夕食の約束をしている。

「本当に、ありがとうね……」

「え……?」

 並んで座っている茜音はつぶやいた。

「一緒に来てくれて……。応援してくれて……」

「私は茜音さんに会えて嬉しかったです。これからも頑張ってくださいね」

「うん……。頑張るよ」

 茜音は二人の手をしっかり握りしめた。