「へぇ、さすが金閣寺は教科書通りだねぇ」
金閣寺というのは正式には北山鹿苑寺というが、前日回った銀閣のある東山慈照寺とは対照的に、文字通りの堂々たる風格を見せている。オフシーズンに関係ない観光客の多さはさすがの知名度と言うところか。
「さっきのおみくじはどうだったのよ?」
「うぅ、小吉ぃ。凶よりはよかったけどぉ」
「なるほどね。さっさと結んじゃったわけだ」
「いいじゃん~。菜都実は大吉だったんだからぁ」
伸吾のことも考え、1台のタクシーに乗り合わせ、予定通りの観光ルートを回っている一行だった。
その間にも、特に茜音に憧れを抱いていたという真弥は折を見てこれまでの話を聞こうと質問を浴びせていた。
「そんなに焦らなくてもあとでゆっくり時間あるでしょ?」
「だってぇ」
「いいんだよぉ。なんか恥ずかしくなっちゃうけどねぇ」
一通りの拝観を終え、和菓子と抹茶をいただいて一息をついていた。この後は嵐山に向かい、真弥と伸吾は茜音に同行して調査に向かう。菜都実と美弥は引き続き市内の散策となっていた。
「しっかし、今日は雨降らなくてよかったねぇ」
「ホントだね。あんまり予報よくなかったんだよね」
朝の天気予報が話題に上がったけれど、今の時間は冬の青空がすっきりと広がっている。
「おし、そんじゃ出かけますか」
菜都実が立ち上がったのをきっかけに、残りの面々も店を後にする。
タクシーで渡月橋の近くまで乗せてもらい、そこで分かれることになった。
「それじゃ、夕方にみんなでご飯食べよぉ」
「茜音、あんた一人じゃないんだから無理させないのよ?」
「ほぉい。ゆっくりで大丈夫だからねぇ」
三人が駅の方に歩いて行くのを、菜都実と美弥は見送っていた。
「真弥、本当に嬉しかったのね」
「そうなんですか?」
「あの子、ずっと茜音さんに憧れていたの。その人と一緒にいられるんだから。伸吾君も気の毒に……」
美弥は苦笑している。
「茜音って、そんなに有名ですか?」
保津川にかかる渡月橋を渡りながら、並んで歩く美弥に菜都実はたずねる。
「そうですねぇ。結構知っている人は知っているみたいですよ。勝手ファンサイトもできているみたいだし」
「ファンサイトだぁ?」
目を丸くした菜都実。基本的にはSNSからスタートした茜音の情報収集は、本人の報告はもちろん、その後行った場所を紹介するために佳織の手によってメンテナンスがされている。
それだけならまだしも、美弥の話ではそんな茜音を応援するためのアカウントがあちこちにできているというのだ。
「あんな茜音でも、やっぱ影響力は凄いんだなぁ」
「私もこういうことは初めてですけど、実際にお会いしてみると真弥が茜音さんを追いかけていたのが分かる気がします。私も見習わないといけないところはたくさんあると思うんですよ」
「あんなのが何人もいたら、周りがたまんないです!」
普段、茜音のお守り役を自負する菜都実が思わずため息混じりに言うと、二人は顔を見合わせて吹き出した。
「真弥は人見知りが激しいから、ああやって初めての人とすぐに話せるなんて信じられないんですよ」
三人が行ったほうを振り返る美弥を菜都実はじっと見ていた。
「なんか付いてますか?」
「あ、ううん。真弥ちゃんいいなぁって。ちゃんと見ていてくれる人がいるから……」
最後の方は顔をうつむけて、小声になった菜都実。
「真弥はこれまで本当に苦労してきたから……。それでも今はよくなってきたけど、まだまだだですし……」
「真弥ちゃん、可愛いですか?」
「もちろん。真弥がいないなんて私には想像できない。体は弱かったからハンデもたくさんあったけど、本当に優しくていい子だから……」
美弥の言葉には実感がこもっているように菜都実には感じられた。
「そうなんだ……。あたしなんか……、同じ姉として失格です……」
「菜都実さん?」
立ち止まって橋の欄干にもたれかかった菜都実を美弥は支える。
「あたしは……、妹を助けられなかった……。姉として失格です……。この旅行は、あたしのために茜音が計画してくれて……」
「そうだったんですね……」
さっきまでとは違い、打ちひしがれたようにおとなしくなってしまった菜都実に美弥は少し時間を置くことにした。