(ーーーーったく)
冴衣とは、一緒に狩りに出るようになって、二年経つが、とにかく意地っ張りで、人に甘えるという事を知らない、厄介なお姫様だ。
さっきも普段、冴衣の怒った顔ばかり見てるから何気なく言っただけなのに、冴衣は、俺に揶揄われたと受け取ったみたいだ。
女心というヤツは、未だに全然わからない。
急に怒ったり、泣いたり、叩かれたり。最後のは、冴衣曰く、俺のだらし無さが原因らしいけど。
ほんと影の方が余程分かり易い。
「あそこだね」
俺は、柳の木から目を離すことなく、真っ直ぐに影へと向かう。遠目から見ても柳の木の陰からは、ユラユラとこの世のものではない何者かが息を潜めているのがわかる。
「十九だって。私と同い年。」
「へーっ。若かったのに何がどうなって死んだ後も影になって未だ彷徨ってんだろうね」
冴衣が言っているのは、司令書に記載されていた影の年齢。勿論、実際にこの世に生きていたときの年齢だ。
「四十年位前だったかな、旦那さんだった人が理不尽に殺されたらしいよ。まだ子供も小さかったのに」
資料によると、その後、まもなく柳の木の下で子供二人と女が、首を吊った状態で遺体で発見されたらしい。
恐らく柳の木の下で、長年成仏できずき彷徨っていたところを、影縫師によって闇を縫いつけられ、人間を殺すほどの力のある影となったんだろう。
ふうん。
と、つまらなさそうに志築は、相槌を打っただけだった。
志築の半歩後ろから、歩く私からは、志築の長身も相まって、まだ柳の木の後ろに蠢く女の姿までは、うまく捉えきれない。
「……だからと言って、情状酌量の余地無しだよ。人殺しはダメだろ」
ーーーーそう。
この柳の木でここ二か月で三人もの若い女性が首を吊った。
それぞれに人として誰でも持っている悩みや苦しみはあったとしても、死への引き金を他者が引くのはお角違いだ。どんな理由があっても、影が、今生きている人間の命を奪うなんてことが、あってはいけない。
そんな事分かってる。分かってはいるけど……。
「……でも誰も望んで『影』になりたい訳じゃないと思うの」
ぽつりと呟くように発した、私の言葉は志築まで届いただろうか。
「冴衣、あんま『影』に寄り添いすぎんのもどうかな……どうせ狩るんだ」
淡々とした口調の冷ややかな返答に、私は、いつも違和感を感じる。
ーーーー志築が、影を狩るときは酷く無機質だ。
普段は温和で優しい。礼衣の事があってから、志築の私に対する態度は、過保護すぎる位だ。
でも狩りなると人が変わる。何の感情もなく影を狩り、『珠』に封印する。
それを繰り返す。何度も何度も。
私達の魂が終わりを告げるまで、永遠に……。
私は、二年前から正式に御津宮当主付き封印師となった。
志築と一緒に過ごす時間が増えるにつれ、つくづくこの志築という男は、複雑で、難しい男だと思う。基本的に優しいし、飄々としながら、暢んびりした口調でよくしゃべるが、口から出るのは、殆ど適当な事ばかり。
本当に大事なコトなんて、自分で抱えこんで一つたりとも話してはくれない。元より、四歳年上の志築からしたら、私に話すような事など、ないのかもしれないけれど。
でも一度だけ、志築に聞いたことがあった。
ーーーー嫌じゃないのかって。
少なくとも私は、姉が生きていたら、こんな窮屈を強いられる、封印師として生きることはなかっただろう。封印師になったのは、霊印家を守るため、そして、いつか《《あの人》》に姉の最期を聞きたいから。それだけだ。
「とうの昔にそんな期待は諦めたよ。生まれは変わらない。変えられない。俺ができることをただやるだけだよ」
志築は、その時、やけに真面目な顔だった。
……自分で期待することを諦めた、か。
こう言われた時、やっぱり志築は、私より大人なんだって、少し悔しかった。そういった鬱々としたモノを、自分の中でくしゃくしゃに丸めて、隅に追いやって、平気なフリができる。
でも、もう少し、ちゃんと、心を表に出してもいいんじゃないかと思う。そうじゃないと、いつか、その鬱々としたモノに、志築の心が蝕まれてしまいそうで。
『志築はちゃんと笑うのが下手なの』
そう、礼衣が、笑って話してたことを、前をいく志築の後ろ姿を見ながら、ふと思い出した。
礼衣は、本当に志築が、好きだったから。
柳の木から、僅か十歩程の距離を取り、私を制止するように、志築が、左手を広げてると、柳の木の前で足を止めた。
私は一呼吸して気持ちを切り替え、目の前の狩りに集中する。
「冴衣」
名を呼ばれたのが合図。手袋を外し、両の手の人差し指と親指で三角形をかたどり、手印で結界を張る。
結界の中は、外からは異質なモノが見えなくなると同時に、影狩師の霊力の底上げを可能とする。
「おい、出てこいよ」
低く無機質な声色で、志築が、柳の木の影の人物に声を掛ける。
ユラユラと木の影に隠れるように潜んでいたソレは、ゆっくりと柳の木の前へと姿を現した。
真っ白な単の着物に真っ赤な口紅、着物の裾からでた真っ白の両足は、裸足だった。背中まである漆黒の長い髪は、まるで柳そのもののようだった。
女の顔のほとんどに髪が、かかり表情はわからない。髪の間から大きく開かれた口元が見え、黄色い歯列が、カタカタと揺れる。
「影狩師か。まだ若いな」
揶揄うような嘲笑を浮かべながら、女は、手で前髪を払うと、血走った眼で突き刺すような視線を志築に向けた。
「狩りに歳、関係ねぇよ」
ニヤリと志築は、唇を持ち上げる。
「私を狩れるかしら。ねぇ、子供たち」
柳の影から小さな影が二つ現れ、こちらを覗き込む。
「むりだよ」
「むりだよ」
こだまするように同じ言葉を繰り返す、小さな二つの影。
なるほどな。実体をもつほどの力は、ない影二つか。こちらの二体は後回しだ、攻撃する術を持っているかどうかも曖昧だ。
仮に、持っていたとして、どうせこの程度の影なら攻撃すら、俺達には当たらない。冴衣に傷が付くこともないだろう。
ーーーー片付けるのは、本体のこっちの女だ。
「冴衣、印準備しとけよ」
俺は、右掌を突き出し言霊を唱える。
「キリク ア カン シャ ベイ サク ユ タラーク 我が名において現れし銀の河」
ーーーー掌から光が現れその手には刀が宿る。
言霊で霊力を刀の形へと変え、影を狩る。
御津宮家に伝わる霊刀『銀河』
その霊刀にまとう、霊力の濃淡が碧く輝き、渦を巻く様から名付けられたいう。
「小僧ごときがっ、虫唾がはしるっ!」
女の髪の毛が、ざわざわと空を漂い、長い蛇がとぐろを巻くように揺れ蠢く。
「俺、今まで狩れなかった影いねぇんだよな!どっちが速いかな!」
ーーーー狩るか狩られるか。
言い終わるか終わらなかいかの間に、俺は地を蹴り、女の間合いに斬り込む。
女は、ニヤリと笑うと長い髪を数本ずつ重ね、降り注ぐ長い刃物のように俺へと向けた。
髪は、俺に近づくほどに長くうねりを増し、絡みつくようにまとわりついてくる。
「ちっ!」
その一本一本を避けながら、刃物と化した髪の毛を切り裂いていく。俺は、軽く舌打ちしながら身をかわし、女の心臓を貫くことだけを考える。
影を狩る方法は、二つ。
一つは外部からの攻撃によって影本体の心臓を突き刺し狩る。
もう一つは影本体に言霊符を用いて狩るか。
前者は、俺のような影狩師が使う手法であり、後者は、冴衣のような防御力に長けた封印師が用いる手法だ。
「志築っ!」
俺を庇うように刃物と化した女の髪の毛に冴衣が、次々と霊力で言霊符をとばして貼り付けていく。言霊符の張り付いた場所から、じわじわと熱が発生し、焼き切れていく。女の顔がみるみる怒りを満ちていく。
「おまえぇ、封印師かぁ!!」
女が冴衣の方に振り向き、その矛先が向けられた一瞬に姿勢を低く屈め、そのまま右掌の銀河を女の足下から心臓めがけて打ち込む。
ギィギャーーーーー!!!
女の叫び声と共にグンッと反発がくる。
(ちっ、影の質量が多いのかっ)
まるでゴムに刀を突き刺している感覚だ。気を緩めればあっという間に弾き返される。
弾かれそうになる銀河を無理矢理、左掌で押さえつける。そのまま思い切り霊力を発動させる。
「銀河 雷光」
金銀の色を纏う稲光が、俺の指先から放たれ、霊刀の先に到達したと同時に、内から破裂する様に細かい光が塵となって散乱していく。
「グゥゥーーッ……お……のれ……」
女の心臓を貫いた霊刀銀河を引き抜いたと同時に、再度、穏やかな光が、ふわりと放たれて、小さな珠へと姿を変えるとコロンと落ちた。
「はぁっはぁ…っはぁっ、冴衣?」
振り返り、冴衣の姿を確認する。
ーーーー息があがる。呼吸速度と共に心臓も跳ね上がっていた。
「キライ」
「キライ」
「いじめないで」
「いじめないで」
冴衣の前には、小さな影二つが、繰り返し呟きながら大きな影へと変貌を遂げる。
「大丈夫、封印する」
冴衣は、中指と人差し指で言霊符を影二つにとばすと、慣れた手つきで印を結ぶ。
「マン キリク マン サク タラーク
我が名においてその身を滅さん 封印の言の葉」
言霊符は、言霊と合わさるとよりその効力を増す。
「やめて」
「やめて」
言霊符は、影を真っ白な光で包むと少しずつ影を解くように小さくなっていく。
「ヴゥアーー!!グゥウゥ…」
低く唸るように言葉を発したのを最後にほろりと小さな「珠」となり『御印』の中へ吸い込まれていった。
「冴衣、大丈夫か?」
こくんと頷いて、冴衣がにこりと笑った。
冴衣の封印のやり方は綺麗だ。
「珠」となった影を、流れるように石に閉じ込めていく。真っ白な石に墨で梵字が記された『御印』は影が入ると黒く染まる。
「はい、おつかれ!こっちも入れといて」
志築から、ぶっきらぼうにポンと投げられた小さな珠を左手で受け取ると、私は、大きい方の『御印』へ、その珠を人差し指で押しやり、中に閉じ込める。
珠は押しこんだ人差し指から粘土のように、ぐにゃりと柔らかく形を変えると、するすると吸い込まれていった。「影」は狩られると、小さく黒く歪な「珠」となる。
完全に消滅させる方法は、今のところない。
「珠」を封印した『御印』は、霊印神社の神主である私のの父親が管理している。
この「珠」は、人間の「寿命」に変換できる為、影縫師達は、さまざまな駆け引きに、この「珠」を、利用している。莫大なカネと引き換えに。
そんな私利私欲にまみれた影縫師達の目から隠すため、封印した「珠」は、厳重に何度も結界を張り重ねた霊印家の倉に保管されている。
「狩り完了だな!」
ニッとこちらに向けられた、志築の笑顔は、歳よりも少し幼く見えた。結界を解きながら志築に近づくと、私は、小さくため息を吐いた。
「はい、これ」
私は、腕を目一杯伸ばして長身の志築の顔の真ん中に、それを突き出してやる。
あっという間に、志築の表情に曇りが生じた。
「え、……いらね」
やや間があって、それを見て、自らの状態に気付いた志築は、そっぽを向いた。
「あのね、子供じゃないんだから!いる要らないの問題じゃないの。貼るの!」
「いや、ちょっ……、待って」
無理やり志築の左腕をひっぱって屈ませると、手早く絆創膏を乱暴に貼り付けた。
「痛ってぇな!」
端正な顔に似つかわない、三センチほど切れた左頬からは絆創膏を貼ってもなお血が滲み、見てわかるほど痛々しい。
「子供じゃねぇんだからさぁー」
子供みたいに拗ねた口調で、不愉快を全面に押し出した顔で私に抗議してくる。
「あのね、子供みたいな傷作っといてそれ言える?」
志築が、珍しく押し黙った。そして、小さく呟く。
「マジで……恥だ。あの程度の影でさー」
志築は、切長の瞳を細めながら、眉を寄せている。
「冴衣ー。これってちゃんと言霊入れてくれてんだよね?貼ったら早く治る的な」
ジロリと恨めしそうに、こちらを伺う志築を他所に、私は、公園出口へと足を早める。
普段テキトーな事しか言わず、弱音も本音も見せない完璧主義者。
ーーーーだけど変なとこに拘る。
怪我しない。むしろしてはいけないと、こんな幼稚な決まりを、勝手に作って自らに課しているのだ。
志築にとっては、影狩師の絶対的な長として君臨する御津宮家当主として、そうすることによって自らを戒め、昂めているのかもしれないけれど。