スフィンクスの口から魔女の話が出ると、スフィンクスは嬉しくなりました。そして、魔女が住んでいる場所を教えました。スフィンクスはその家に向かって飛んでいきました。

* * * スフィンクスは魔女の家の前で降り立つと、ドアを開けました。
中には魔女がおりました。
魔女は驚いて立ち上がりました。
魔女はスフィンクスが自分を騙しに来たのだと思ったので、 スフィンクスを家に入れないことに決めました。しかしスフィンクスは、何もしないから入れて欲しいとお願いしました。
そして、魔女はしぶしぶ中に入れました。
スフィンクスは椅子に座り、魔女はテーブルを挟んで向かい側に腰掛けました。
それから、二人は話を始めました。まず、
「私は魔女ではないよ」「ではなぜ夜しか姿を現さないんだ」「それはね、昼間は私が醜い姿をしているからさ。太陽の光に当たれば私の身体は焼け爛れてしまうんだよ」
「魔女じゃないなら、君はいったい何なんだい?」「私はね、ただの猫だ。それも普通の黒猫だ」「そうか。それで、君の名前は?」「名前なんてないよ。魔女だった頃はあったけどね。でも今は名前がない」
「どうして名前をなくしたんだい」
とスフィンクスが尋ねると、
「それはね、私の夫が死んでしまったからだ。名前をつける前に、あの人は旅立ってしまったのよ」「それは可哀想に……」
「だけどね、夫は私のことを愛していてくれた。だから、名前をつけなくても、私は幸せだったよ。それにね、名前がなくとも、困ることもなかったしね」
「そうか」
「そうだ」
「じゃあ、君のことを呼ぶときはどうすればいいんだい」
「うーん……
魔女の頃は、みんな私のことをスクィーラと呼んでいた」
「スクィーラ? それはどういう意味なんだい?」
「スクィーラは賢者の名前だよ」
「スクィーラというのは、どこから来た言葉なのかい?」「昔々、この世界にスクィーラという名の賢者がいたの。彼は魔法を使うことができたの。でも、彼はとても嫉妬深い性格をしていた。だから彼の弟子達は彼を妬んで、彼を殺そうとしたの。でも、彼は死ななかったわ。だって彼が死んだら、誰が魔法を教えるのかしら? だから弟子たちは諦めることにしたの。でも、それでも悔しかったから、彼らは彼に呪いをかけたの。それが『スクィーラ』という言葉の意味なの。賢者スクィーラは不死身だったという謂われがあるのよ。だから、賢者スクィーラという名前を使ったの」
「そうかい。でも、どうしてその名前を自分で名乗らなかったのかな」「えっ!?」「どうして賢者スクィーラと呼ばせようとしなかったのかな」
「それはね、私は賢者スクィーラではなく、スクィーラという一介の猫に過ぎないからよ」「ふむ」
「でも、もし、誰かが私をスクィーラと呼んだら、きっと私はその人を恨んでいたと思うわ。その人の首を絞め殺していたかもしれない」
「どうして?」「スクィーラは、賢者スクィーラの弟子達が付けたあだ名で、彼らにとっては蔑称だったの。それなのに、その人たちが勝手に使って、しかもその名で呼ばれたとしたら、その人たちは許せないでしょう」
「なるほど」
「それに、スクィーラという名前は、魔女として暮らしていた頃の私に付けられた名前なの。そして魔女を辞めてからは、私は名前をなくしてしまった。だから、今更スクィーラと呼ばれても、私はそれを受け入れられないの」
「そうなのかい」
「そうなの」
スフィンクスは考え込んでしまいました。
「スクィーラ。僕にはよくわからないけれど、君が納得するならば、僕はスクィーラと呼ぶことにするよ」
「……ありがとう」
「ところで、スクィーラ。君はいつまでこの国にいるつもりなんだい? この国は君にとって住みにくいところだと思うんだけど」
「……」
「スクィーラ。どうかしたのかい」
「……うん。スクィーラはね、この国にずっといたわけじゃないの」
「そうか」
「スクィーラはね、元々は別の国に住んでいたの」
「どんな所なんだい」
「……」
「スクィーラ?」
「スクィーラはね、人間のいる世界とは別の世界で暮らしていたの」
「へぇ」
魔女の世界にも人間がいるのだろうかとスフィンクスは思いました。しかし、魔女と人間は共存できないと聞いています。ですから、魔女が暮らす世界とは全く別の場所なのでしょう。

* * *
魔女は続けて言いました。スクィーラは、ある日、突然この国の空に現れたのだと。
そして魔女はスクィーラを見て驚いたのでした。なぜなら、魔女の夫もスクィーラの姿を見たことがあったからでした。魔女の夫とスクィーラは友達だったのです。魔女は、スクィーラは夫の生まれ変わりだと思いました。しかし、魔女の夫はもう既に亡くなっていました。だから魔女は、スクィーラと会話をしてみようと思いました。
そして魔女はスクィーラと仲良くなりました。魔女はスクィーラを家に招き入れるようになりました。そして魔女はスクィーラと楽しく暮らしていました。
しかし、ある日のこと、魔女が目を覚ますと、魔女はスクィーラに殺されていたのでした。
魔女が殺されると、魔女の家は崩れてしまいました。魔女はスクィーラに騙されて殺されたのです。
スクィーラは魔女を殺したあと、魔女の家から逃げ出しました。
そして魔女の家の残骸の中に隠れて過ごしました。

* * *
魔女が死んでしまったあと、スフィンクスは悲しみました。そしてスフィンクスは魔女の仇を討つことを決めました。
スフィンクスは魔女の家に火を放ちました。そして魔女の家を燃やし尽くしたあと、スフィンクスは魔女の住んでいた街を焼き尽くすことにしました。
しかし、スフィンクスが魔女の街を焼こうとしているとき、一人の人間がスフィンクスの前に姿を現しました。
その人間はとても大きな剣を持っておりました。その人間こそ魔女の夫でした。
魔女の夫は言いました。
――お前がやったのか――
と。
スフィンクスは答えました。
――そうだ――
と。すると魔女の夫は、
――何故こんな酷いことをしたのだ――
とスフィンクスに問いかけた。
しかしスフィンクスは答えなかった。
魔女の夫は怒り狂った。そして魔女の夫がスフィンクスに襲いかかりました。
しかし、戦いはすぐに終わりました。魔女の夫はスフィンクスによって倒されてしまったのです。
魔女の夫は息絶える寸前に、スフィンクスに最後の言葉を遺しました。
「魔女は俺が死んだことを悲しんでいるはずだ。魔女は優しい奴なんだ。俺はあいつを一人ぼっちにしたくないんだ」
そして魔女の夫は息を引き取りました。
スフィンクスは魔女の亡骸を拾い上げ、自分の家に運びました。そして魔女の亡骸に、スフィンクスは優しくキスをすると、魔女の遺体を土に埋めました。それからスフィンクスは、魔女の家を再建することに決めました。
魔女の家は、魔女が住んでいた頃と同じように、美しい姿で蘇りました。
スフィンクスは、魔女の亡骸を埋葬してからというもの、毎日のように魔女の墓に通いました。そして、魔女の魂が天に召される日を待ち続けました。
魔女の夫は、魔女が死んでしまったことをとても嘆きました。魔女の夫は、自分が生きている限り、魔女は永遠に生きることができると、信じていたからでした。