* * * ある日のことでした。スフィンクスは魔女の墓を訪れました。
しかし、そこに魔女はいませんでした。代わりに魔女の墓石が倒れておりました。そして、魔女の亡骸が消えてしまったのでした。
スフィンクスは魔女の家に戻りました。しかし、そこには誰もいません。魔女の家もありません。魔女の家は跡形もなく焼け落ちてしまっていたのでした。
スフィンクスは、魔女の夫が魔女のことを愛していたことを思い出しました。
スフィンクスは泣きました。泣いて、泣いて、涙を流し切りました。
そして、涙を流すのをやめたとき、彼はあることに気づきました。彼は、今まで魔女のために何かをしたことがありませんでした。彼はただただ魔女の話を聞くだけでした。
「そうか」とスフィンクスは呟きました。「そうか」ともう一度彼は繰り返しました。「そうか」と三度彼は呟いて、「そうか」と四度彼は呟きました。「そうか」と五回彼は呟いた後、彼は立ち上がりました。
「僕はこれから、君の為に生きていこうと思う。僕は君の為になりたいんだ。僕にできることは少ないだろうけど、君が寂しくないように、君が悲しまなくて済むように、僕は君の側に居続けるよ」
彼はそう言うと、魔女の亡骸を埋めた場所へと向かいました。
「僕は誓うよ。必ず君を幸せにしてみせる。だから、安心して眠っていてくれ」
スフィンクスは魔女の亡骸を掘り起こします。掘り起こした死体は腐乱していて、鼻が曲がりそうな臭いがしました。しかし、彼はその臭いに耐えながら作業をつづけました。
そして彼は作業を終えると、魔女の亡骸を抱えて家に戻って行きました。
* * * 魔女の遺体は腐敗が進行していて、すでに死後数日が経過しているようでした。それでも彼は遺体の処理を続けました。
そして彼は遺体の処分を終えました。
彼は魔女の亡骸に別れを告げるために、彼女の墓に向かいました。そして彼は、魔女の亡骸に向かって語りかけました。
「君のおかげで僕は決心がついたよ。君がいなければ僕は一生何もしないままだったかもしれない。でも君は僕の人生を変えてくれた。僕は君に感謝している。だから、君を幸せにする為に、僕にできることは全てやろうと思っている。まず最初に何をしようか考えたとき、僕は君の夫に会うことに決めた。そして、彼に会って話をすることにしたんだ。彼がどうすれば魔女が悲しむことなく成仏してくれるのか、それを彼と一緒に考えることにした。
だけど、彼と話していくうちに、僕は彼のことが嫌いになった。だって、彼の話は、いかにも魔女を愛しているといった内容ばかりだったから。だから、僕は彼にこう言った。
『貴方の言っていることは嘘ばかりだ』
すると、彼はこう言った。
『魔女は、俺が死んだことを悲しんでいない。きっと今頃、どこか遠くで自由気ままに暮らしているに違いない』
だから僕は言ってやった。
『彼女は貴女のせいで死んだのです』
すると、彼は驚いたような顔をした後、
『まさか、魔女がお前なんかに殺されたっていうのか?』
そう聞いてきた。
そこで僕は言ってやった。
『ええ、そうです。魔女は貴女の夫を殺したんです。そして魔女は、貴女から逃げ出したんですよ。僕は彼女と知り合いです。だから彼女がどれだけ辛かったのか、僕にはわかります。そして魔女は貴女に復讐したんです。だから僕は彼女を止めなければならないのです。
魔女が僕に、この国に留まっていてほしいと言っていました。それは、魔女が僕に助けを求めていたということです。だから、彼女を救い出すのは僕しかいないのです。しかし、もし僕がこの国を離れれば、魔女は再び誰かを殺すでしょう。そして今度はもっと多くの人が死ぬことになるかもしれません。そんなこと、許せるはずがないじゃありませんか。
それに、魔女はこの国で孤独を感じています。僕がこの国を離れてしまえば、魔女は二度と人間と交流することができないかもしれません。魔女は僕にとって友達であり、恩人です。ですから、僕が魔女を助けない理由なんてありません。僕は魔女を助ける義務があるのです。そして、そのためなら、僕は命をかけても構わないと思っています。だから、どうか魔女を救うために、力を貸してください。お願いします。僕が死ねば、魔女は間違いなく悲しみます。だから、お願いです。魔女を悲しみの渦に巻き込まないでください。そして、魔女を救えるのは僕だけなのです。魔女がこれ以上悲しみを背負う前に、僕に、魔女を、助けさせてください。お願いです。僕に、魔女を、殺させないでください。だから、僕は、絶対に、魔女を、見捨てたりは、しません。魔女を、助けるまでは、決して、あきらめません。魔女が、たとえ、悪魔に、魂を売って、地獄に、堕ちようとも、僕は、魔女を、見捨てません。それが、僕の、覚悟、です。これが、僕が、選んだ、生き方、なんです。だから、魔女を、悲しませるのは、もう、やめましょう。どうか、魔女を、悲しませませんように。僕の望みは、それだけ、です。
「そうか」
スフィンクスは急に神々しく輝いた。
* * *
それからしばらく経ったとき、魔女はスフィンクスの家を訪れました。
そして、スフィンクスが魔女のために尽くしていることを聞くと、彼女は言いました。
――私はスフィンクス様を責めてはいません。むしろ感謝しています――
と。そして、続けてこう言いました。
――私の夫は本当に愚か者ですね――
スフィンクスは、自分がした行いが無駄であったことを知りました。しかしスフィンクスは、彼女の言葉を聞き逃さなかったのです。
スフィンクスは、魔女が夫に愛されていると知って嬉しかったのでした。
「これでこの世界は役目を終えた。罪はつぐなわれたのだ」
スフィンクスがあの時の様に再び輝いた。今度は白熱して炎の竜巻になった。高速回転する炎が周囲を焼き尽くしていく。
やがて火球が成長するとパッと広がってキノコ雲が立ち上がった。
それを探知衛星が捉えた。核攻撃を受けたものと判断しただちに報復が行われた。
核の炎を核で焼く灼熱の争いが始まった。やがて海が干上がり大地がひび割れて地球が爆散した。

* * *
ここはスフィンクスの国。
魔女とスフィンクスが一緒に暮らしていた国。
そして魔女が死んだ場所でもある。
スフィンクスは魔女が死んだときと同じように空を見上げた。
そして呟いた。
彼はその呟きを聞くことができなかった。なぜなら彼の耳はすでに失われてしまっていたからだ。
スフィンクスは呟いた。
彼は自分の身体を見た。彼は自分の腕がないことに気づいていなかった。彼は足が無いことに気づかなかった。
彼は自分の口が無くなったことを理解できなかった。彼は鼻が削ぎ落とされたことを理解していなかった。彼は目が潰れていることを理解していなかった。かわりに飛蚊症を患っていた。スフィンクスはそれを太陽と勘違いした。
飛び回る飛蚊を追いかけてスフィンクスは未来永劫彷徨い続ける。
おわり。
俺が今いる場所を説明せねばならないだろう。
ここは……そう。
どこなんだっけ? とにかく、俺は見知らぬ土地にいた。
辺りは真っ暗で自分の体も確認できないくらいの漆黒。
自分が目を開いているのか閉じているのかも分からん。