綺麗だな…。ものすごくシンプルに、何も考えずにその言葉だけが脳に残る。そのくらい目の前の彼女は美しかった。身にまとっている白い装束も雰囲気にとてもよく合っている。

「今、なんと…?」

彼女は老紳士に首を傾げる。その声すら透き通ったように綺麗で、自殺志願者の心を動かすには十分だった。

「ですから、アーリャ様をお連れしたと…!」

老紳士の言葉に彼女の瞳が俺に向けられる。俺は目を合わせていられなくて、そっと視線を逸らした。

彼女がアーリャを探していたのか…。面識なんてないけど。ていうか、彼女も地獄に落とされた1人なのか…?

しかもこの老紳士って多分、彼女に仕えてるっぽいよな。地獄でも人を従えるってどういう神経だよ。

「すみません、イシリス。彼女は、アーリャではないわ」

彼女…?いや、確かに俺はアーリャとやらではないけども。今、俺の事見て彼女って言ったのか?

俺、れっきとした男ですけど…?目が悪いどころの話じゃないぞ。失礼にも程がある。

「ですが、やはり女性というのはこの方しか…」

いやだから、俺のこと指さして女性って言うな!俺、男なんだけど…?普通見りゃ分かるだろ。

そう思って、俺は少し痛む頭を押さえる…。…ん?なんだこれ。俺の頭の両脇からなんか生えてる…?

それになんか、腕細くなってないか?色も白くなってる気がする…。え、死んだから…?

「さっきから何をキョロキョロしているの?」

彼女は、俺の顔を訝しげに見つめる。だ、だって、生きてた頃の俺と色々違いすぎて…。

「あの、今…、自分ってどう見えてますか?」

ものすごく間抜けな質問だった。そして、自分の中に生まれてしまったひとつの可能性が俺の一人称を変えてしまうかもしれない…。

「どうぞ、鏡でございます」

先程、イシリスと呼ばれていた老紳士が俺に手鏡を貸してくれる。俺は、唾を飲み込みながら鏡を自分へ向けた。

「-っ!」

鏡に映る自分の姿に息を飲む。いや、想像はしていたけどいざそれが目の前に現れると受け入れ難いというか…。

そこに映っていたのは生前の冴えない男の姿ではなかった。夜空のような黒髪をツインテールにしていて、紅玉(ルビー)を思わせる赤い瞳。そして、目の前の彼女までとは言わずとも白い肌。

俺は、完全に女になっていた。よく見れば地味なパーカーとジーパンだった服装も黒のドレスに変わっている。