わたくしは天沢(あまさわ)琴乃。
 部屋の中から聞こえる初々しい会話を聞いて、クスッと笑みが零れた。
 本当にお兄様は恋乃香様が大好きなんですね。
 なんだろう、わたくし、いつも恋乃香様の前だと気が抜けてしまう。
 多分、とても優しかったお母様やお姉様に似ているから。
『──本当に琴乃と朝陽って似てないわよね~』
『え……?』
 お兄様とお姉様は双子だ。
 顔立ちも、性格も似ていた。
 だから、似ていないことを気にしていたわたくしにとって、その言葉は刃物のような切れ味だった。 
『おい、陽彩(ひいろ)。琴乃に意地悪をするなよ』
『噂をすれば朝陽じゃない。意地悪なんてしてないわ?』
『い、意地悪です……!お姉様は……っ』
 昔からわたくしは物静かだったそうだ。
 そんなわたくしが声を張り上げたことにお兄様とお姉様はひどく驚いていた。
『えぇっ!ご、ごめんなさいねっ、冗談よ。冗談っ!』
 お姉様は慌てて謝って来た。
 そんなお姉様を呆れたように見ていたお兄様。
『……三人とも、もう少し静かにしなさい』
 先代皇帝のお父様はお兄様とは違い、とても威圧感のある人だった。
 お父様は厳しく、それとは裏腹に優しかった。
『ごめんなさい』
 三人声を揃えて謝った。
 そんな幼少期はあっという間に過ぎて行き、わたくしが十五になった時。
『あのねっ!琴乃、あたし、結婚することになったの!』
 お姉様から衝撃の出来事。
『お、おめでとうございます……』
『ありがとう。もうこの家とはお別れだから挨拶しようと思って──』
 お姉様はからかい上手だけど、とても優しかった。
 お姉様がいなくなってしまうのはとても悲しかった。
『お、お姉様!どうか、お元気でっ!』
『ええ。琴乃こそ。頑張ってね』
 そして、学校では唯一、心開ける友人ができた。
『ねぇ、人違いだったら申し訳ないけど、あなた後宮にいた方なの……?』
 その少女は葉奈乃と言った。
『あたしね、姉がいるんだけど、姉さんってば部屋から出てこないのよ』
 その日初めて葉奈乃に姉がいることを知った。
『でさ、外の世界を知らないままだとダメじゃない?だからどこかで働かせたいんだけど──』
『では、後宮で働くのはどうでしょう』
 こうして、恋乃香様と出会った。
 恋乃香様といるとなんだか安心して気が抜けてしまう。
 普段はお兄様と兄妹ということは隠しているのに、恋乃香様の前ではつい言ってしまった。
 お兄様の今までの苦労を知っているわたくしはお兄様の恋を心から祝福した。
「わたくしも応援いたします……お兄様」
 わたくしは誰にも聞こえない小さな声で呟いた。