「それじゃあ、元気にするんだよ。恋乃香(このか)
「恋乃香姉さん、また会いましょうね」
 母と妹が見送りをしてくれる。
「ええ。二人も元気でね!行ってくるわ」
 笑顔で手を振るわたしは恋乃香。
 今日から妹の葉奈乃(はなの)の知り合いが働いている所にわたしも働きに行く。
「えっと……待ち合わせ場所はここで合ってるわよね」
 少し待つと白馬に乗った小柄な女性が現れた。
「恋乃香様でお間違いないでしょうか」
 その人は濡れ羽色の髪を後ろで一つにまとめて結んでいる。
「はい」
「では、こちらにお乗りください」
 そう言われ、わたしは白馬に乗った。
「あの、あなたは……?」
「わたくしは琴乃(ことの)と申します。葉奈乃の友人です」
「あ、葉奈乃の……ということは、琴乃さんが働いているところでわたしも働くということですか?」
「そうでございます」
 それってどこなのだろう。
 馬に乗って移動すること数十分。
 到着した場所は──
「えっ?ここって……後宮⁉」
 後宮って……これは夢よ!わたしが後宮と関わることなんてないもの!
「さあ、入りましょう」
 琴乃さんに言われ、建物の中に入れば目がチカチカするほど豪華だった。
「恋乃香様、服はこれでよろしいでしょうか」
 目の前に出された服は華やかな服だった。
「えっと……男性用の服ってありますか?」
「えっ?」
 さすがに驚きを隠せなかった琴乃さんに慌てて声を掛ける。
「あの、わたし、異能があるんです。身体強化という名の」
「異能持ちでしたか。承知いたしました。……異能持ちなのは皇帝の朝陽様に言いますか?」
 悩ましい質問だったが、別に言うほどでもなかった。
「いえ。大丈夫です」
 一礼して部屋を出て行った琴乃さんを待つ。
 わたしには異能がある。
 昔はそれでどれだけ悩んだことか──。
『恋乃香ちゃん、これ一緒に持ってー?』
 友達に言われた一言が全ての始まりだった。
『もちろん!』
 そう言って物を持ち上げれば身体が見る見る大きくなった。
『ひっ!こ、恋乃香ちゃん⁉』
 驚いた友達は腰を抜かし、逃げて行った。
『えっ?ちょ、どこ行くの⁉』
『こっちに来ないでよ!怪物!』
 そんな心無い言葉から引きこもってしまった。
『恋乃香姉さん?いい加減、部屋から出てきてよ』
 葉奈乃に言われ久しぶりに外へ出た。
『姉さん、あたしの友達が働いてる所で働いてみない?』
 葉奈乃の言葉はわたしの人生を変えたと言ってもいい。
『なんで、わたしが……』
『姉さんが外に全く出てないからよ!そこだったら姉さんの異能も役に立つんじゃないかな──』
 わたしの異能が役立つ場所。
 わたしだって、誰かの役に立ちたい。
 そんな夢のような場所があるのかしら。
『わ、わかったわ。そこで働いてみる』
 そして、今に至る。
「恋乃香様、服、お持ちしました」
「ありがとうございます」
「では、お着換えが済みましたら朝陽様に会いに行きましょう」
「えっ?わたし、正体バレてしまいますよ!」
「そうですね……ですが、その体格なら問題はないと思います」
 身体強化をしたわたしはとても大柄になっていた。
「そうですか?なら、朝陽様に会おうかしら」
 着換えを済まし、琴乃さんに着いて行くと、一つの部屋に辿り着いた。
「朝陽様、お連れしましたよ」
 扉が開くと、一人の男性の顔が見えた。
 とても綺麗な顔立ち。
 そりゃあ、誰もが会いたがるわね。
「そうか。僕は皇帝の朝陽(あさひ)だ」
「あ、恋乃香です!」
 ……って、名前!
 恋乃香じゃない名前にした方がよかったかな……。
 ごめんなさいね、葉奈乃。初めましてで失敗してしまった。
「ああ。よろしく」
 朝陽様ってなんだが穏やかな方。
「琴乃。恋乃香の世話役を頼む」
「承知いたしました」
 部屋を出て行き、琴乃さんに仕事内容を教わる。
 難しそうな仕事ばかりだわ。
「……皇帝様ってなんだか穏やかな方ですね」
 思っていたことが口に出てしまい、慌てて口を塞ぐ。
「そうですね。……皇帝としての威厳ももう少し持って欲しいです!お兄様ったら──っ」
 お兄様……?
 聞きなれない言葉に首を傾げると琴乃さんはしまった!と言いたそうな顔をしていた。
「琴乃さんのお兄さんなのですか?」
「えっと……その通りで、朝陽様はわたくしの兄なのです」
 少し恥ずかしそうに俯く琴乃さん。
「そうだったの⁉でも、少し顔立ちも似ているかも」
「本当ですか⁉」
 取り乱す琴乃さんに驚く。
「あ……えっと、わたくし、お兄様と姉がいるんですけれど、姉が昔、わたくしとお兄様は全然似てないって冗談で言っていたんですけれども。わたくし、当時本気にしてしまってすごく嫌だったんです。似ていないことが」
 拙い言葉で話してくれる琴乃さん。
「姉は落ち込んだわたくしに冗談に決まってるって言ってくださいました。……似ていなくとも兄妹であることは変わりないと。それからお兄様に仕えることとなって、兄妹だからって比べられることが嫌で兄ということを隠していました」
 琴乃さんは微笑んだ。
「自分から言ってしまうことなんてなかったんですけど、恋乃香様の前だとなんだか安心して油断してしまうんです。多分、姉にとてもよく似ているからだと思います」
 お姉さんは後宮にいらっしゃるのかしら。
「お姉さんは後宮で働いているの?」
「いえ。姉は少し前に結婚して家を出て行きました」
「そうだったの……」
 まさか皇帝様と琴奈さんはが兄妹だったなんて。驚きが隠せない。
「少し気になっていたのですが、わたくしのこと呼び捨てでもいいのですが」
「えっ?」
 琴乃さんのことを呼び捨て?まあ、できなくはないかしら。
「えっと、琴乃ちゃん、でいいかしら?」
「はい。ありがとうございます」
 そういえば、皇帝様っておいくつなのかしら。
「ねぇ、琴乃ちゃん、皇帝様はおいくつなの?」
「朝陽お兄様は、恋乃香様の一つ上です」
 えっと、わたしが十九だから二十⁉
「えー⁉そんなにお若いの⁉……じゃあ、琴乃ちゃんは?」
「わたくしは葉奈乃と同じ歳なので十七です」
 十七歳でこんなに大人びているの⁉世の中は色々あるのね。
「琴乃様ー?夕飯の準備ができましたよー?」
「承知いたしました。今行きます」
 琴乃ちゃんは扉の向こう側から聞こえる声に返事をする。
「さあ、行きましょう」
 机に向かえば豪華な料理ばかり。
「──あなたが恋乃香くん?」
 恋乃香くんなんて呼ばれたのは初めてだった。
 そうだ、わたし男装しているのだった!
 浮かれている場合じゃない!
「ああ。君は?」
「私は美蘭(みらん)。ここで働いているの。よろしくね?」
「よろしく」
 美蘭は栗色のふわふわの髪をお団子にしている。
「恋乃香くんはなんでここで働いているの?」
「妹の紹介でな」
「本当⁉奇遇ね。私もなの!……恋乃香くんはいくつ?」
「十九だ」
「私もよ!なんだか共通点がたくさんあるわね」
 美蘭にはいつか言えればいいな。異能のこと。
 でも、まだ怖い。美蘭や琴乃ちゃんが逃げて行ってしまうかもしれない。
 いつか追い出されてしまうかもしれない。
 そう思ったとき、急に不安になってきた。
「……?恋乃香様?どうかなさいましたか?」
「恋乃香くん?大丈夫?」
 心配してくれる美蘭と琴乃ちゃんに胸が温かくなった。
「いや、何もないよ」
「そう?無理は禁物よ?」
「なにかあったら声を掛けてくださいね」
「ああ」
 このまま耐えられるかしら。