拝啓、王太子様。突然の不躾なお手紙、誠に失礼申し上げます。
早速本題に入りますが、王太子様がお妃選びを慎重になされていること、国中で知らぬ者はありません。特にシェナ王国の全女性にとって、それこそがいちばんの関心事、それ以上に重大な問題はこの世に存在しないと申し上げても過言ではないかと存じます。
なんとなれば、ジェイコブ王太子様こそが、この広い空に燦然と輝く一番星、全世界を統べるべくこの世に生まれ落ちたと考えてもあながち間違いではないと確信しております。
そこで(ここからが本当の本題ですが)、お妃には、ぜひ私を選んでほしいのです。
王太子様が美しい女性を好むことは、隣国の百姓娘ですら知っております。そして王太子様が二十三歳になる今日(こんにち)まで、その曇りなきお眼鏡に適うような美貌の女性を見出し得なかったこと、これこそが未だ独身である唯一の理由であることは、この星の裏側の国に住む民草にとっても明々白々な事実ではないでしょうか?
でも私は、別に自慢するわけではないですが、美貌の点では間違いなくお眼鏡に適う自信が御座います。
申し遅れましたが(遅れすぎたかもしれません)、私の名前はコーデリア・ブラウン、名門ブラウン公爵家の長女、十八歳で御座います。もちろん乙女です。
私はその名のとおり、ブラウンの髪をしています。それが豊かに波打ち、腰の下まで伸びています。
当然眉もブラウン。それが濃くキリッとしているのが特徴で、妖艶な魅力があると人々に賞されている由縁であります。
唇も魅力的。プリプリしているので、男性によく触りたそうな目で見られます。私は自慢するわけではないですが、男性の視線の意味は、一度たりとも読み違えたことがないので、果たして本当にまだ乙女だったかしらと記憶が怪しくなるのが悩みと言えば言えるかもしれません。
急いで申し添えますと、私は顔だけではなく、性格も素晴らしく良いです。学校の成績もずっと首席でしたから、才気溢れる会話もお手のもの、王太子様を退屈させる可能性はまったくありません。ですから顔の良い女性は性格が悪いとか頭が悪いとかいう説は、私の場合には例外的にというかほとんど奇跡的に当てはまらないのが真実で御座います。
とにかく、まずは顔を見て下さい。舶来品のキャメラで撮った写真を同封しました。世界最先端技術のキャメラは目玉の飛び出るような値段がしますが、私を記録に残すのなら逆に安すぎると両親は申しました。いかがでしょう? いちばん失敗した写真です。それでも美しくないですか? もちろん実物は、この百倍はきれいです。
想像して下さい、王太子様。毎朝この顔に起こされて、この顔とランチをして、夜はこの顔と……キャッ! 絶対後悔はさせません。薔薇色の生活を送れることを保証します。ですから……いいお返事、待ってますね。あなただけを一生愛する乙女、コーデリア・ブラウンより。敬具。
追伸。ついつい顔のことばかり書いてしまいましたが、私はプロポーションも完璧なので御安心を。
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(こいつ……ぶっ殺してやろうか)
シェナ王国の王グレイス二世の長子のジェイコブ王太子は、コーデリア・ブラウンの手紙を同封された顔写真もろとも握り潰した。
(あー、ムカついた。久々キレたな。十年分キレたわ)
残忍な父王の性質をそのまま受け継いだ残酷無比の王太子は、まるで試合前の対戦相手をにらみつける格闘家のような目を、王宮の自室の白い壁に向けた。
ジェイコブ王太子は、出過ぎた女が嫌いだった。
女は、控えめであればあるほど良い。
自慢などはもってのほか。
何なら、口を利かないくらいがいい。
ていうか、利くな!
所詮、女なんぞは愚かだ。
どうでもよい噂話を、ピーチクパーチク。
男にとっていちばん興味のないことを、さも面白い話題であるかのようにしゃべる。
そんなときの希望はただ一つーーその口を閉じろ!
さもなくば斬り殺すぞ!
そう思うことは、日に一度や二度ではない。
想像の中では、毎日王宮の大ホールや食堂は血まみれだ。
女がしゃべるからである。
「こいつに、このブラウンとかいう身の程知らずのメス豚に、思い知らせてやりたい。出過ぎた愚かな女は、死んだほうがマシだということを」
自然に洩れた独り言は、殺人予告ともいうべき物騒なものだった。
事実、この独裁国家シェナ王国において、王太子の権力をもってすれば、自分の両親ーー王と王妃を除いて誰でも殺すことができた。
「この女を処刑せよ」
と言うだけで、その日のうちに願いは叶うのである。
首を持ってこい、と言えば届けられるし、片耳と片脚を所望すれば、直ちに大小の塩漬けの樽が自室に運ばれるのである。
「でもそんな平凡なのでは物足りない。たっぷり恥をかかせたうえで殺したい。そうだ、父に頼んで毒見役と……こいつは面白いぞ」
残忍な王太子は、倒した相手を見降ろす格闘家のような冷たい目をして、自らの手で「あなたの美貌に一目惚れしました」という返信をしたためた。