僕と唄は修学旅行明けに二週間の停学処分になって、先生は三ヶ月の減給処分という対処が取られた。

 その間、唄はUS引退をYouTubeで発表した。唄の素顔を売った事務所と唄の素顔を晒した週刊誌はバッシングの嵐。事務所は異例の記者会見を開いて、謝罪した。唄にも謝りに来たそうだが、唄自身ももうそこまで怒っていなかった。



 停学の謹慎中に唄が家にやってきた。

「今は自宅謹慎だぞ?」
「だって暇なんだもん」

 それには同感。最近は本を読む機会も極端に減って、暇を持て余していた。

「じゃあ、手伝って欲しいことあるんだけど」


 唄を家にあげると、真っ先に新一の写真に駆け寄った。

「なんかこの人、知ってる気がするんだよね」
「僕の兄だよ。他人の空似ってやつじゃない? それより、この部屋の片付け手伝って欲しいんだ」

 新一の部屋を開けた。

「汚いね、ここ」
「もう少しオブラートに言えなかった?」

 ずっと放置していたんだからしょうがないか。

 唄に大きなゴミ袋を渡した。

「僕はこっちやるから唄そっちやって。使わなさそうなの全部捨てちゃっていいよ」

 唄は僕と反対側を向いた。唄は「分かった」と言って、どんどん袋に入れ始める。

 僕も自分のものではないけど、躊躇なく手当たり次第に袋の中に詰めていく。僕より遥かに大きかったはずの新一の洋服も、今ではちょうど着れるような大きさになっていた。カビ臭いし、虫食いされているものもあって、どうにか着れそうなものもゴミ袋にとりあえず詰めた。彼女からのプレゼントか、手紙も見つかったけど、中身を見ずに捨てた。小さい頃の思い出の物なのか、戦隊モノのおもちゃがあった。それも袋に詰める。

 ゴミ袋が5袋目に突入した。大体部屋の七割近くが片付いたところで、自然と涙が溢れた。唄に気づかれないように目を拭く。

「新くん、これは捨てていいの?」

 タイミング悪すぎ。

 唄はサッカーボールを持っていた。一回だけ使ったのを覚えている。僕と新一が公園で遊んだ記憶が蘇った。

「⋯⋯捨てていいよ」

 手を止めると、今やっていることを後悔するような気がした。ゴミ袋に新一のものを入れる度に兄との記憶がフラッシュバックする。ぽっかり空いた記憶が新一のものを捨てるのと同時に埋まっていく。兄との思い出をたくさん忘れていた。さらに涙がポツポツと垂れてくるから、その度に拭いた。前に遊園地にいったことがあった。兄の大学にいったこともあった。授業参観に来てくれたこともあった。いつも帰ってくると僕の頭を撫でてくれていた。そして、泣いていた。何で泣いていたのか。

 申し訳なかった。無理をさせていた。僕は新一を殺していた。それでも、この部屋はもう片付けなくちゃいけない。一人ではキツくて、唄が来てくれて本当によかった。



 最後に残ったのは新一の本棚だった。僕と似ている。恋愛小説ばっかで、初めて血縁を感じた。でも、本を読みたいとは思えない。

「お兄さんも本が好きだったんだね」

 唄の方は終わっていた。

「そうみたいだね」

 唄が一番右上の本を取った。そこから写真が落ちた。

 若い米村先生と新一の写真。楽しそうで、やっぱりカップルだったんだ。

「これ、米村先生じゃない?」

 唄はその写真を拾って、すぐに気づいた。

 よく、そのギャルが米村先生ってわかったな。と突っ込みたくなる。

「先生と付き合ってたんだって」

 唄はその写真を見て、微笑んだ。

「お似合いだね」

 僕もその写真を覗き込んで、「うん」と、言った。



 1



 今度は僕が唄の家に行った。次の日に仕返しのような気持ちで、インターホンを押すと、唄が出てきた。パジャマ姿で少し顔を熱らせる。

「停学中の生徒会長さんだらしないね」
「なんで急に来るの」

 声を低くした唄の後ろから、琴さんが出てきた。

「あら、新くん。こんにちは」

 いつもと変わらない琴さんに僕も軽く頭を下げた。

「お婆ちゃんはリビングいて!」

 唄はお婆ちゃんを回れ右させて、出てきたドアからまた入れた。

「ごめんね」

 戻ってきた唄は笑顔だった。



 2



 停学明け、最初の登校。一人で教室のドアを開けた。クラスメイトの視線を感じつつも、平然を装って椅子に座った。

「久しぶり」

 目の前には僕を待っていたかのように、石川が座っていた。

「大変だったな」
「そんなことないよ。石川もありがと」
「俺は何もしてねえよ」

 石川は外を向いて、照れ隠しをした。

「ほら、オレンジジュース」
「まだ覚えてたんだな」
「僕だって約束くらいは守るよ」

 何もしてないとは言っても、誰一人何も聞いてこないのは石川が何かを言ってくれたんだと確信できた。



 3



 昼休みに屋上に行った。先生は一人空を眺めながら、弁当を食べていた。僕のドアを開ける音に気づいて振り向いた。

「おー新。どうした?」
「なんか色々とありがとうございました。とか言いにこようかなって」
「そんなんいいよ。あーそうだ。ペンダントの中身なんだった?」

 やば。

 完全に忘れていた。

「⋯⋯海に投げちゃいました」

 沈黙が通過してから先生は吹き出した。

「なんだそれ! どうしたらそんな流れになるんだよ!」
「なんかすみません」
「あー、馬鹿だな。でも、新はそれでよかったんだろ?」
「はい」
「じゃあなんでもいいさ」



 4



「ホワイトクリスマス、男二人でディズニー」
「悲しいね」

 どこを見てもカップルしかいない千葉にある東京ディズニーランド。

 雪のせいでアトラクションも運休だらけ、パレードだって男二人で見ても、物足りなすぎる。

「ディズニーって何するんだ?」
「倒立でもしなよ」
「煽ってんのか」

 とりあえず歩き回って、見つけたもの全てに手を出した。食べてばっかで、それでも楽しかった。

「いたっ」

 腰あたりに小さな子がぶつかってきた。

「大丈夫?」
「ごめんなさい」

 今にも泣き出しそうな女の子に石川はしゃがみ込んでニコッと笑った。

「ほら、グリーメン饅頭いるか? これ、うまいんだぞ!」

 石川は僕のお金で買ったお菓子を、その子に渡して頭を撫でた。妹がいたからか、小さい子の扱いには慣れていてこういうところも凄いと思う。

「すみませーん!」

 両親らしき二人がこちらに向かって走ってきた。

「あれお母さんじゃない?」
「ほら、しずく。どうもすみません」
「お兄ちゃんたち、またね!」

 その子はこっちに手を振ってから両親の手を取る。三人の後ろ姿は、黄色に包まれていて、込み上げてくるもので鳥肌が立った。

「石川、泣かないでね」
「誰が、泣くかバーカ」




 ?



 カラオケ。小さな箱の中にいる人にしか聴こえない閉鎖的かつ、庶民的な空間。上手いとか下手とか。そんなのはこの中では関係ない。別にクラスで一番上手い人と、クラスで一番下手な人が一緒に行こうが何も問題はない――はずだ。

「歌、下手だよ」
「じゃあ私が先に歌うね」



 そして唄は僕だけに。僕に向けて、『ありがとう』を唄ってくれた。



 綺麗? 可憐? 秀麗? 天才? 違う。



 ただ、楽しそうに、くしゃっとした笑顔が可愛い普通の女の子が目の前にいた。



 唄は笑っていた。