唄とファミレスに入った。右奥のソファ席に金髪の女性が座っていた。体育祭の時、琴さんと仲良く話していた人だ。僕ら二人を見つけると礼儀正しく、立ち上がって深々と頭を下げてきた。僕も合わせて頭を下げると、優しく微笑んでくれた。
僕と唄は向かいの席に座った。
「新くんだよね?」
「はい」
その人の雰囲気は金髪からは想像もできないほどに、穏やかで、初対面でも相手を包み込んでくれるような、不思議な感覚があった。
「唄からよく聞いてるよ。いつもありがとう」
ゆっくりと口を開いて、そのテンポのまま話した。
「この人は私の母親の妹で、叔母さんになるのかな?」
唄がいきなり、慌てた様子でそう言った。
「齋藤新です。初めまして」
かなり遅れた挨拶に、いい子だね。と叔母さんは呟いた。
「村石 外子と言います。ちなみに芸名は星って名前で活動してるんだ。呼び方は何でもいいよ」
外子さんはやけに親しげな笑みを浮かべてきた。でも不思議とこの人になら、何でも話せる気がした。
「私は外ネェって呼んでるけどね」
唄は横から言ってきて、まるで仲間はずれにされたくなさそうに割り込んできた。
「唄、悪いけど、ちょっと席外して」
え、いや、何で。
当の本人である唄はやっぱそうなるよね、と言った風に、不貞腐れた表情で立ち上がった。
「嘘ついちゃダメだからね」
唄は僕にそれを言い残して、店を出ていった。
「ごめんね、急にこんなことして。何か飲む?」
「⋯⋯オレンジジュースで」
少し子供っぽかったか、なぜか石川が近くにいて欲しくて咄嗟にそう言ってしまった。
「すみませーん。オレンジジュースをこの子にお願いします」
「何で唄を外に出したんですか?」
「ちょっと聞かれたくなかったからかな」
何の話だろう。目の前にジュースが出された。それを口に含んで、心を落ち着かせる。
「新一とは似てないんだね」
え? 目を見開いた。耳を疑った。間違っていなければ確かに今、兄の名前が聞こえた。
「新一の弟でしょ? 大丈夫、唄には何も言ってないよ」
「⋯⋯何でそんなこと知ってるんですか?」
言葉にし難い、違和感とこの人に対する嫌悪が急に込み上げてきた。
「新一のバ先の店長だったんだ。それとは別で歌手をやってるんだ」
「⋯⋯何で、今さらそんなこと」
今の今まで新一の知り合いが僕の前に来たことなんてほとんどなかったのに。最近来たのは前に血だけが繋がっているよくわからない人だけ。
「ただ成長した新くんを見たくてさ。小さい頃にあったことあるんだよ? 奇跡だと思ったさ。まさかこうして唄を通じてまた会うことができるなんて」
「⋯⋯どう、思いましたか?」
他に聞くべきことがあったはずなのに僕は最初に一番聞きたくない事を質問してしまった。新一の弟として僕を見たのなら多分、想像を裏切っただろう。僕の言葉に、外子さんは柔らかく笑って、
「新一の弟なのに、笑顔ないし、元気ないし、正直愛想もあまりいい感じはしないし、正反対かな」
優しい口調で言ってきた。
でも、素直にそう言われて、ほっとしている自分がいた。もう一度ジュースを口に含んでから外子さんを見ると、苦笑しているように見えて、やっぱりこんな僕を見せて申し訳ないって気持ちも同時に湧き出た。
「でも、よかったよ」
外子さんは吐き出すように言った。
「え?」
「いや、新一より活き活きしている気がする」
そしてまた微笑んだ。その言い回しはまるで新一が生きている時も死んでいたように聞こえる。
「どういう意味ですか?」
「そのままの意味だよ。唄は新一と出会って、新一との約束をずっと守り続けてるんだ。要するに君から見ている唄は新一の写しだよ」
「新一と唄は知り合いだったんですか⁉︎」
声を荒らげてしまった。こんな急すぎる暴露に黙って聞いていろと言う方が、無理な話だ。
外子さんは優しく頷いて、話を続けた。
「唄は新一の残像を追いかけるように、ずっと頑張ってる。でも、新一になっていく唄を見ると、同じ道を歩く気がするんだ」
僕と一緒だ。唄が新一のようになって、最後はそこにたどり着くような気がしていた。前に電話した時もそれが怖くて言葉にしてしまったんだと今になってわかった。僕と同じことをこの人はずっと思っていたんだ。
「私じゃ唄を変えられなかった。唄のためにと思って、歌うことを教えたらこの現状だ」
トーンが落ちて、外子さんの顔から気力がなくなっていくように見えた。
「唄はまだ何も知らない。何なら最後まで知らなくてもいい。でも君が唄を解放してほしいんだ。君の兄が唄に残した呪いを解いてほしい。新一が死ぬ時に残した呪いを」
「待ってください。新一が死んだ時に助けた人って」
だめだ。壊れる。僕の中で揃ってはいけないピースが出てきた。これだけははまってはいけない。繋がってはいけない事実。でも、そう考えるしかない。
やばい、だめだ。
外子さんは僕の言葉にうんともすんとも言わず、息を吐いた。
「『俺の分も生きて』って言い残したんだよ」
――ピースが繋がってしまった。
唄がこうまでして頑張っている理由も全部。新一が原因だった。助けなかったら唄は死んでいて、助けたら唄はこんなに自分を押し殺して。しかも、僕が目指していた唄の変化も多分、僕の前だけで、唄は僕の前だけで乗り切ろうとしていた。現に学校で見る唄は何一つ変わっていない。
「あのペンダント、壊した方がいいのかもね」
「え?」
「いや、何でもない。私はもう帰るよ」
少し冷たく、突き放されたような気がした。整理ができなくて答えを求めようとしてる僕を外子さんは助けようとはしてくれなかった。
「頑張って」
外子さんはそれを最後にファミレスを出ていった。
僕と唄は向かいの席に座った。
「新くんだよね?」
「はい」
その人の雰囲気は金髪からは想像もできないほどに、穏やかで、初対面でも相手を包み込んでくれるような、不思議な感覚があった。
「唄からよく聞いてるよ。いつもありがとう」
ゆっくりと口を開いて、そのテンポのまま話した。
「この人は私の母親の妹で、叔母さんになるのかな?」
唄がいきなり、慌てた様子でそう言った。
「齋藤新です。初めまして」
かなり遅れた挨拶に、いい子だね。と叔母さんは呟いた。
「村石 外子と言います。ちなみに芸名は星って名前で活動してるんだ。呼び方は何でもいいよ」
外子さんはやけに親しげな笑みを浮かべてきた。でも不思議とこの人になら、何でも話せる気がした。
「私は外ネェって呼んでるけどね」
唄は横から言ってきて、まるで仲間はずれにされたくなさそうに割り込んできた。
「唄、悪いけど、ちょっと席外して」
え、いや、何で。
当の本人である唄はやっぱそうなるよね、と言った風に、不貞腐れた表情で立ち上がった。
「嘘ついちゃダメだからね」
唄は僕にそれを言い残して、店を出ていった。
「ごめんね、急にこんなことして。何か飲む?」
「⋯⋯オレンジジュースで」
少し子供っぽかったか、なぜか石川が近くにいて欲しくて咄嗟にそう言ってしまった。
「すみませーん。オレンジジュースをこの子にお願いします」
「何で唄を外に出したんですか?」
「ちょっと聞かれたくなかったからかな」
何の話だろう。目の前にジュースが出された。それを口に含んで、心を落ち着かせる。
「新一とは似てないんだね」
え? 目を見開いた。耳を疑った。間違っていなければ確かに今、兄の名前が聞こえた。
「新一の弟でしょ? 大丈夫、唄には何も言ってないよ」
「⋯⋯何でそんなこと知ってるんですか?」
言葉にし難い、違和感とこの人に対する嫌悪が急に込み上げてきた。
「新一のバ先の店長だったんだ。それとは別で歌手をやってるんだ」
「⋯⋯何で、今さらそんなこと」
今の今まで新一の知り合いが僕の前に来たことなんてほとんどなかったのに。最近来たのは前に血だけが繋がっているよくわからない人だけ。
「ただ成長した新くんを見たくてさ。小さい頃にあったことあるんだよ? 奇跡だと思ったさ。まさかこうして唄を通じてまた会うことができるなんて」
「⋯⋯どう、思いましたか?」
他に聞くべきことがあったはずなのに僕は最初に一番聞きたくない事を質問してしまった。新一の弟として僕を見たのなら多分、想像を裏切っただろう。僕の言葉に、外子さんは柔らかく笑って、
「新一の弟なのに、笑顔ないし、元気ないし、正直愛想もあまりいい感じはしないし、正反対かな」
優しい口調で言ってきた。
でも、素直にそう言われて、ほっとしている自分がいた。もう一度ジュースを口に含んでから外子さんを見ると、苦笑しているように見えて、やっぱりこんな僕を見せて申し訳ないって気持ちも同時に湧き出た。
「でも、よかったよ」
外子さんは吐き出すように言った。
「え?」
「いや、新一より活き活きしている気がする」
そしてまた微笑んだ。その言い回しはまるで新一が生きている時も死んでいたように聞こえる。
「どういう意味ですか?」
「そのままの意味だよ。唄は新一と出会って、新一との約束をずっと守り続けてるんだ。要するに君から見ている唄は新一の写しだよ」
「新一と唄は知り合いだったんですか⁉︎」
声を荒らげてしまった。こんな急すぎる暴露に黙って聞いていろと言う方が、無理な話だ。
外子さんは優しく頷いて、話を続けた。
「唄は新一の残像を追いかけるように、ずっと頑張ってる。でも、新一になっていく唄を見ると、同じ道を歩く気がするんだ」
僕と一緒だ。唄が新一のようになって、最後はそこにたどり着くような気がしていた。前に電話した時もそれが怖くて言葉にしてしまったんだと今になってわかった。僕と同じことをこの人はずっと思っていたんだ。
「私じゃ唄を変えられなかった。唄のためにと思って、歌うことを教えたらこの現状だ」
トーンが落ちて、外子さんの顔から気力がなくなっていくように見えた。
「唄はまだ何も知らない。何なら最後まで知らなくてもいい。でも君が唄を解放してほしいんだ。君の兄が唄に残した呪いを解いてほしい。新一が死ぬ時に残した呪いを」
「待ってください。新一が死んだ時に助けた人って」
だめだ。壊れる。僕の中で揃ってはいけないピースが出てきた。これだけははまってはいけない。繋がってはいけない事実。でも、そう考えるしかない。
やばい、だめだ。
外子さんは僕の言葉にうんともすんとも言わず、息を吐いた。
「『俺の分も生きて』って言い残したんだよ」
――ピースが繋がってしまった。
唄がこうまでして頑張っている理由も全部。新一が原因だった。助けなかったら唄は死んでいて、助けたら唄はこんなに自分を押し殺して。しかも、僕が目指していた唄の変化も多分、僕の前だけで、唄は僕の前だけで乗り切ろうとしていた。現に学校で見る唄は何一つ変わっていない。
「あのペンダント、壊した方がいいのかもね」
「え?」
「いや、何でもない。私はもう帰るよ」
少し冷たく、突き放されたような気がした。整理ができなくて答えを求めようとしてる僕を外子さんは助けようとはしてくれなかった。
「頑張って」
外子さんはそれを最後にファミレスを出ていった。