夜に『たぬたぬ』のもふもふを堪能していたら、久徳が現れた。
今日はもう顔を見ないでありたいと思っていたのに。どうせ血をせびりに来たのだ。
このもふもふを死守するためには、私が貧血でいなければならない。というのは、世の中うまい話はそうないという感じである。
しかしながら、せめてもの軽減してほしい部分というものはあるものだ。
「いつも血吸われた後に意識失うのどうにかならないの? 起きた時もすごく頭痛いし」
「ああ、どうにかなるぞ」
「え、うそ。何か薬があるとか?」
あまり期待していなかったが、嬉しい返事に私の顔は明るくなる。だが、次に出てきた言葉を聞いて、私は血をあげる気が地の底まで落ちた。
「美味すぎていつも飲みすぎるんだ。だから、対処法は俺が貰いすぎないことだな。まあ、嫁になるからいつでも飲めるのは分かっているが、つい理性が」
「はあ? なにそれ、そんな理由でいつも私は夜の時間を奪われてたわけ? もう今日はあげない。ってか嫁になることも了承してないから!」
「そんなことを言って良いのか?」
久徳はとつじょ吸血鬼の姿になってじりじりと歩み寄ってきた。初めて血を吸われた時を思い出す。
「な、なによ」
「こういうことだ」
久徳の指が『たぬたぬ』を差した。すると、さっきまで愛らしくトコトコと動いていたのにピタリと止まってしまった。
「たぬたぬ!」
即座に私は拾い上げる。それは買ってもらった時の「ぬいぐるみ」の状態であった。
私は口をへの字に曲げ、久徳に鋭い視線を向ける。
「卑怯! 手口が悪魔!」
「俺は悪魔ではなく吸血鬼だ」
「この身で知ってるってば」
「それに、卑怯もなにも初めから血をくれたら、というのが条件だったはずだ」
「くっ……」
腕の中の『たぬたぬ』を見つめる。いつもなら「あかりちゃん?」と首を傾げてくれるが、その口はぴくりともしない。
たぬたぬのいない朝を迎えるなんてできない。
「分かった、分かったから。嫁になる話はともかくとして血はあげる」
「フッ、良い子だ」
「でも意識なくなるほどはやめてよね」
私は首元の髪を払って催促する様に「はい」と言った。久徳の紅の瞳と目が合い、反射的にと顔をそっぽ向けた。この瞬間はどうも緊張してしまう。
「……っ」
ぐっと手を握り込んで血を吸い終えるのを待つが、ふわふわした感覚に耐えきれず、私は久徳の腰あたりの服を掴む。
終わった後もぼんやりとした感覚が抜けず、ぐったりとベッドに腰掛けた。どこか貧血だけの感覚じゃないような気がするが、これは何なのだろう。
「なんか、こう吸われてるときにふわふわするんだけど」
まだ落ち着かない気持ちで久徳を見上げる。すると、久徳の唇はにやりと弧を描いた。
「それは勿論、快……いや、黙っておこう」
「え、なに?」
「今日はいつにも増して可愛かったぞ。俺の服を掴んで耐える姿は」
「はあ!? 何言って……んっ」
言葉を遮るように突然口付けられる。ちゅっと、わざとらしいリップ音を立てて唇が離された。
「ご馳走様」
ぺろりと舌舐めずりをした久徳は一点に指を差したかと思えば、煙を立てて消えてしまった。
「き、消えた……」
まるでアニメの世界だ。
私は、呆然と久徳が立っていた場所を眺める。何かある度に久徳が吸血鬼であることを知らしめられて、驚きの連続だ。
そういえば今更だが、何で私は吸血鬼に血を吸われているのに吸血鬼にならないんだろう。今の今までそんな言い伝えは忘れていた。
はて、と思っていたらツンツンと腰あたりを突かれて『たぬたぬ』が戻っていたことに気付いた。私は『たぬたぬ』が動き出した喜びで先ほどの疑問なんて吹っ飛び、もふもふの腹に頬を擦り付けた。
「おかえり〜たぬたぬ〜」
「あかりちゃん、ありがとう」
急なお礼に私は首を傾げる。たぬたぬはゆっくりと頭を下げた後、そのつぶらな瞳で私を見つめた。
「あかりちゃんが、ごしゅじんさまに、ちをあげているから、ぼくがいる。だから、ありがとう」
「可愛いやつめ〜!」
ご主人様は私だけどな! なんて思いつつも、私は『たぬたぬ』をこれでもかというほど撫でた。たとえ久徳がそう言わせる術をかけていたとしても『たぬたぬ』が言ってくれるのであれば私は幸せだ。だが、しつこいようだけど久徳が「ご主人様」なのは訂正してほしい。
◯●◯●◯
カタッと音がした方を見れば並んだ写真立てのうちの一つが倒れていた。
俺はその写真を手に取る。
そこには、初めて愛した女がコスモス畑の中で莞爾として笑っている姿が写っている。まだ俺が〝人間だった〟頃に出会った女。
あれから何年経ったのだろう。二百、いや三百年か。何度も何度も、愛する女の魂と〝新しい人生〟を歩み続けてきた。
俺は写真を元あった場所に静かに置いた。そして、隣に並ぶ写真を一つずつ見ていく。どの彼女も忘れたことはない。死ぬまで愛した。
いつも、生まれ変わった彼女を見つけた時はとても安心する。十年前に奥山朱莉と出会ったときも、眉を開いた。
奥山朱莉ーー果たして、彼女はこの『久徳 黎』という男と人生を共にしてくれるのか。
いや、させてみせる。あの子の魂なのだから。
何度でも何度でも俺は〝彼女〟を愛する。
◯●◯●◯
今日はもう顔を見ないでありたいと思っていたのに。どうせ血をせびりに来たのだ。
このもふもふを死守するためには、私が貧血でいなければならない。というのは、世の中うまい話はそうないという感じである。
しかしながら、せめてもの軽減してほしい部分というものはあるものだ。
「いつも血吸われた後に意識失うのどうにかならないの? 起きた時もすごく頭痛いし」
「ああ、どうにかなるぞ」
「え、うそ。何か薬があるとか?」
あまり期待していなかったが、嬉しい返事に私の顔は明るくなる。だが、次に出てきた言葉を聞いて、私は血をあげる気が地の底まで落ちた。
「美味すぎていつも飲みすぎるんだ。だから、対処法は俺が貰いすぎないことだな。まあ、嫁になるからいつでも飲めるのは分かっているが、つい理性が」
「はあ? なにそれ、そんな理由でいつも私は夜の時間を奪われてたわけ? もう今日はあげない。ってか嫁になることも了承してないから!」
「そんなことを言って良いのか?」
久徳はとつじょ吸血鬼の姿になってじりじりと歩み寄ってきた。初めて血を吸われた時を思い出す。
「な、なによ」
「こういうことだ」
久徳の指が『たぬたぬ』を差した。すると、さっきまで愛らしくトコトコと動いていたのにピタリと止まってしまった。
「たぬたぬ!」
即座に私は拾い上げる。それは買ってもらった時の「ぬいぐるみ」の状態であった。
私は口をへの字に曲げ、久徳に鋭い視線を向ける。
「卑怯! 手口が悪魔!」
「俺は悪魔ではなく吸血鬼だ」
「この身で知ってるってば」
「それに、卑怯もなにも初めから血をくれたら、というのが条件だったはずだ」
「くっ……」
腕の中の『たぬたぬ』を見つめる。いつもなら「あかりちゃん?」と首を傾げてくれるが、その口はぴくりともしない。
たぬたぬのいない朝を迎えるなんてできない。
「分かった、分かったから。嫁になる話はともかくとして血はあげる」
「フッ、良い子だ」
「でも意識なくなるほどはやめてよね」
私は首元の髪を払って催促する様に「はい」と言った。久徳の紅の瞳と目が合い、反射的にと顔をそっぽ向けた。この瞬間はどうも緊張してしまう。
「……っ」
ぐっと手を握り込んで血を吸い終えるのを待つが、ふわふわした感覚に耐えきれず、私は久徳の腰あたりの服を掴む。
終わった後もぼんやりとした感覚が抜けず、ぐったりとベッドに腰掛けた。どこか貧血だけの感覚じゃないような気がするが、これは何なのだろう。
「なんか、こう吸われてるときにふわふわするんだけど」
まだ落ち着かない気持ちで久徳を見上げる。すると、久徳の唇はにやりと弧を描いた。
「それは勿論、快……いや、黙っておこう」
「え、なに?」
「今日はいつにも増して可愛かったぞ。俺の服を掴んで耐える姿は」
「はあ!? 何言って……んっ」
言葉を遮るように突然口付けられる。ちゅっと、わざとらしいリップ音を立てて唇が離された。
「ご馳走様」
ぺろりと舌舐めずりをした久徳は一点に指を差したかと思えば、煙を立てて消えてしまった。
「き、消えた……」
まるでアニメの世界だ。
私は、呆然と久徳が立っていた場所を眺める。何かある度に久徳が吸血鬼であることを知らしめられて、驚きの連続だ。
そういえば今更だが、何で私は吸血鬼に血を吸われているのに吸血鬼にならないんだろう。今の今までそんな言い伝えは忘れていた。
はて、と思っていたらツンツンと腰あたりを突かれて『たぬたぬ』が戻っていたことに気付いた。私は『たぬたぬ』が動き出した喜びで先ほどの疑問なんて吹っ飛び、もふもふの腹に頬を擦り付けた。
「おかえり〜たぬたぬ〜」
「あかりちゃん、ありがとう」
急なお礼に私は首を傾げる。たぬたぬはゆっくりと頭を下げた後、そのつぶらな瞳で私を見つめた。
「あかりちゃんが、ごしゅじんさまに、ちをあげているから、ぼくがいる。だから、ありがとう」
「可愛いやつめ〜!」
ご主人様は私だけどな! なんて思いつつも、私は『たぬたぬ』をこれでもかというほど撫でた。たとえ久徳がそう言わせる術をかけていたとしても『たぬたぬ』が言ってくれるのであれば私は幸せだ。だが、しつこいようだけど久徳が「ご主人様」なのは訂正してほしい。
◯●◯●◯
カタッと音がした方を見れば並んだ写真立てのうちの一つが倒れていた。
俺はその写真を手に取る。
そこには、初めて愛した女がコスモス畑の中で莞爾として笑っている姿が写っている。まだ俺が〝人間だった〟頃に出会った女。
あれから何年経ったのだろう。二百、いや三百年か。何度も何度も、愛する女の魂と〝新しい人生〟を歩み続けてきた。
俺は写真を元あった場所に静かに置いた。そして、隣に並ぶ写真を一つずつ見ていく。どの彼女も忘れたことはない。死ぬまで愛した。
いつも、生まれ変わった彼女を見つけた時はとても安心する。十年前に奥山朱莉と出会ったときも、眉を開いた。
奥山朱莉ーー果たして、彼女はこの『久徳 黎』という男と人生を共にしてくれるのか。
いや、させてみせる。あの子の魂なのだから。
何度でも何度でも俺は〝彼女〟を愛する。
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