「幸田くんのことが好きなの……付き合ってくれないかな?」

 クラスメイトの女子が涙目でこちらを見上げている。これから自分が口にする言葉に申し訳なさを覚えながら、頭を掻いた。

「悪いけど、今は付き合うとか考えてなくて……ほんとごめんな」

 女子が傷ついているのが見て取れて、俺はさらに気の毒な気持ちになる。
 じゃあ、付き合ってあげろと言われるかもしれないが、付き合うことを考えていないというのは実のところ嘘なのだ。
 というのも、俺には好きな子がいるから。



 とある日の昼下がり。俺はいつも通り、朱莉のもとに来て昼ごはんを食べていた。
 以前だったら二人で食べていたのに、最近になって朱莉と同じクラスの稲荷も一緒にいるようになった。さらには、何故だか知らないが普段は読書をしている久徳も昨日から輪に入っている。

「朱莉ちゃんの唐揚げ美味そうヤー」
「あげないからね」
「そこを何とか。一つでええヤデ」
「二つしかないもん一つでいいとはならないでしょ」

 朱莉は唐揚げを守るように弁当を少し自分のほうに引いた。すると、稲荷は朱莉の後ろを指して「おっ」と声を上げた。

「たぬたぬが落ちとるデ」
「えっ、たぬたぬ?!」

 朱莉が振り返った隙に稲荷はすかさず弁当箱から唐揚げを盗んだ。朱莉がキョロキョロと探す間にも咀嚼している。

「あーっ!」

 食べられていることに気付いた朱莉は稲荷の腕を掴んだ。

「何してんのよ! 冷凍じゃない唐揚げ入ってる日あんまないのに!」
「まあまあ、そう怒らんといてヤ」

 朱莉の頭を撫で始める稲荷の腕をがしりと久徳が掴む。

「俺の女にベタベタと触るな。それに、朱莉もだ。狐と仲良くするなと言っただろう」
「いつ私が久徳の女になったのよ。それに仲良くなんかしてない」
「ひどいナァ、朱莉ちゃん。おれは仲良くしたいデ?」

 久徳も稲荷も知らぬ間に朱莉と話すようになっていた。俺と一緒にいない時間、朱莉はどんなふうに過ごして彼らと距離を縮めたのか。
 それとなく聞いても、朱莉からは「仲良くする気なんてないから」としか言われないので余計に気になる。

 詰まるところ、俺の好きな子というのは朱莉だ。
 ところが、朱莉は全くもって俺にそういった気持ちは見せないし、完全に幼馴染という感情しか持っていないだろう。
 先日、取り憑かれて襲ってしまったときも、朱莉は照れる様子は一切なかったし、それどころか後から笑われたのである。これは脈無しとしか考えられない。

 はあ……。

 久徳も稲荷も妙に朱莉と距離が近いし、どうやら朱莉は後輩にも知り合いができたようだった。
 そういえば生徒会の阿久田とも話していたし、その後輩も合わせて三人で仲良さげに話しているのを見たことがある。
 俺が思うにあの控えめな後輩は朱莉に気を寄せていそうだし、目の前の二人も然りだ。

 まさかの朱莉にモテ期到来。

 幼馴染という関係に胡座をかいた結果が出遅れなんて不甲斐ない。

 かと言ってアプローチなんて今更できないよな……。
 なんて悩む、今日この頃。